⑧ トリック核心
神谷は部屋の中央へ戻ると、静かに振り返った。
集まった者たちの顔には、困惑と緊張が入り混じっている。
医師。
魔導士。
騎士。
侍女。
同僚の薬師。
誰もまだ、“治癒魔法”の意味を理解できていなかった。
神谷は低く言った。
「死因は毒だ」
即座に反論が飛ぶ。
「しかし反応が――」
「出ない」
神谷が遮る。
「当然だ。もう存在しないからだ」
部屋が凍りつく。
「存在しない……?」
医師が眉を寄せる。
神谷は遺体の傍らへ歩き、喉元の爪痕を指した。
「この男は、体内の異常に苦しんだ」
「呼吸を乱し、喉を掻き、短時間で死んでいる」
「外傷はない。なら内側から崩れた」
視線を全員へ向ける。
「つまり、毒だ」
「ですが検知魔法は……」
と魔導士。
「だから言っている」
神谷の声は冷たい。
「毒は、消された」
沈黙。
誰も動けない。
神谷は机の上の水差しを手に取る。
「犯人はまず、毒を盛った」
「水か、食事か、薬か――手段は何でもいい」
「被害者はそれを摂取し、体内で毒が作用した」
水差しを置く。
「ここまでは普通の毒殺だ」
一歩、魔導士へ近づく。
「だが、その後に回復魔法が使われている」
魔導士が息を呑む。
「回復魔法は何をする?」
「傷を癒やし、身体を正常な状態へ……」
「そうだ」
神谷は頷く。
「正常な状態へ戻す」
言葉を切り、全員の顔を見る。
「なら、身体にとって毒は何だ?」
誰も答えない。
神谷が告げる。
「異物だ」
「害をなす異常物質だ」
一拍。
「回復魔法は、それを排除する」
医師の顔色が変わった。
「……まさか」
神谷は続ける。
「毒成分だけを分解し、無効化する」
「体内から消し去る」
「だから検出されない」
部屋中の視線が遺体へ集まる。
だが神谷は首を横に振った。
「ただし――」
「毒が与えた“ダメージ”までは消えない」
喉を指差す。
「呼吸器は侵され、循環は乱れ、身体機能は落ちた」
「毒そのものは消えても、受けた損傷は残る」
「そのまま死ぬ」
誰かが小さく呻いた。
理解したのだ。
“毒殺なのに毒が出ない”意味を。
神谷は淡々と締めくくる。
「結果として残るのは死体だけだ」
「毒はない」
「証拠もない」
「だが、死ぬ」
侍女が震える声で言った。
「そんな……治す魔法なのに……」
神谷は彼女を見ずに答えた。
「治す力を、どう使うかは人間次第だ」
回復魔法。
人を救うための術。
その理屈を逆手に取れば――
最も痕跡の残らない殺し方になる。
神谷は遺体を見下ろし、静かに目を細めた。
(救済の技術で、人は殺せる)
この世界らしい皮肉だと思った。




