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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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⑦ 検証パート

「もう一度、最初から調べる」


 


神谷の一言で、部屋の空気が張り詰めた。


 


結論を急ぐ者は多い。

だが、神谷は逆だった。


分からない時ほど、最初に戻る。


 


遺体の傍らへしゃがみ込み、再び観察する。


 


指先の硬直。

喉元の掻破痕。

口元の泡。


 


死因不明という言葉は便利だが、死体は何も隠していない。


苦しんだことだけは、確かに語っている。


 


神谷は手首を持ち上げ、皮膚の色を確認する。


内出血はない。

拘束もされていない。


 


「外からの力ではない」


 


誰に言うでもなく呟く。


 


次に立ち上がり、水差しへ向かった。


 


透明な水。

半分ほど減っている。


 


グラスの縁には、乾きかけた水滴。


 


神谷は匂いを嗅ぎ、光に透かし、底まで覗き込む。


 


「何もないように見えるな」


 


医師が後ろで答える。


 


「ええ。薬品反応も出ませんでした」


 


「見えるものは、な」


 


神谷は短く返し、水差しを机へ戻した。


 


毒がない。


だが、苦しんで死んでいる。


 


その矛盾は、まだ残っている。


 


「次だ」


 


神谷は魔導士へ向き直った。


 


「この部屋で使われた魔法の履歴を調べろ」


 


「履歴……ですか?」


 


「痕跡でも残滓でもいい。攻撃魔法がなくても、何かは使われている」


 


魔導士は頷き、杖を構えた。


床に淡い光の円が広がり、空気に細かな粒子が浮かび上がる。


 


神谷は黙って見ていた。


 


魔法という現象は、この世界では日常だ。

だが痕跡は、現代の指紋や通信記録に近い。


誰かが何かをすれば、必ず残る。


 


光が揺れ、線となって部屋の中を走る。


机の周辺。

寝台の近く。

そして遺体の位置。


 


魔導士の眉が寄った。


 


「……妙です」


 


「何が見える」


 


「攻撃系の痕跡はありません」


 


予想通りだった。


 


「だが?」


 


魔導士は戸惑いながら続ける。


 


「軽い治癒魔法の反応があります」


 


部屋が静まり返る。


 


医師が思わず声を上げた。


 


「治癒魔法?」


 


「はい。ごく軽度です。身体機能の回復、鎮静、微細な修復……その程度の術式です」


 


神谷の思考が、一瞬止まる。


 


治癒魔法。


回復。


 


この部屋で、死ぬ直前に。


 


(……なぜ回復?)


 


被害者は一人だったはずだ。


外傷もない。


怪我もない。


 


なら、何を治した。


 


何のために使った。


 


神谷は遺体を見下ろす。


 


苦しみ抜いて死んだ男。


その身体に、回復魔法がかけられている。


 


矛盾している。


 


いや――


 


(矛盾じゃない)


 


まだ繋がっていないだけだ。


 


神谷はゆっくりと立ち上がった。


 


「術者は分かるか」


 


魔導士は首を振る。


 


「微弱すぎます。被害者自身か、近くにいた誰かか……」


 


被害者自身。


 


薬師である彼なら、最低限の治癒術を扱えても不思議ではない。


 


毒を盛られ、苦しみ、助かろうとして回復魔法を使った。


 


その線が頭をよぎる。


 


だが――


 


(それで、なぜ死ぬ)


 


回復したなら助かるはずだ。


 


助からなかったなら、何を回復した。


 


神谷の視線が、水差しと遺体の間を往復する。


 


毒があった。

だが消えた。

その直前に、回復魔法が使われた。


 


三つの点が、静かに近づいていく。


 


そして神谷は、ごく小さく呟いた。


 


「……回復したから、消えたのか?」

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