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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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⑥ 神谷の違和感

ざわめきが収まった後も、部屋の空気は落ち着かなかった。


 


未知の毒。

呪い。

秘術。


 


言葉だけが残り、答えにはなっていない。


 


神谷は机の脇に立ち、水差しを見下ろしていた。


透明な水面が、揺れもなく静止している。


 


(毒が検出されない)


 


その一点だけが、頭の中で何度も引っかかった。


 


普通なら、“毒が巧妙だった”と考える。


検知魔法をすり抜ける新種。

成分が分解される特殊毒。

痕跡を残さない魔法毒。


 


いくらでも言い換えはできる。


 


だが――


 


(それは逃げだ)


 


説明できないものに、もっと説明しづらいものを重ねているだけだ。


 


神谷はグラスを手に取り、鼻先へ寄せる。


匂いはない。


色もない。


 


当然だ。


それが何かを証明するわけではない。


 


「勇者殿?」


 


背後で医師が声をかける。


 


「何か分かりましたか」


 


神谷は答えず、遺体へ視線を向けた。


 


苦悶の表情。

喉を掻いた跡。

急性症状。


 


どう見ても、体内で何かが起きている。


 


それなのに――


 


検出されない。


 


(おかしい)


 


“毒があるのに見つからない”のではない。


 


“見つからないこと自体が不自然”なのだ。


 


神谷はゆっくりと遺体の傍らへしゃがみ込む。


唇の乾き。

指先の強張り。

筋肉の硬直。


 


症状は現実だ。


偽装ではない。


 


ならば原因も現実にあったはずだ。


 


(検出できない毒?)


 


その問いが浮かぶ。


 


すぐに、もう一つの問いへ変わる。


 


(……それは本当に“毒”か?)


 


 


沈黙。


 


神谷の視線が細くなる。


 


前提をずらす。


毒が“存在している”と考えるから、矛盾する。


 


なら――


 


(存在していたが、今はない)


 


その瞬間、思考が一つに噛み合った。


 


神谷は立ち上がる。


 


「医師」


 


「は、はい」


 


「毒が体内に入った後、消えることはあるか」


 


医師は眉をひそめる。


 


「代謝で弱まることはあります。しかし、この短時間で完全に痕跡なく、というのは……」


 


「自然には、ない」


 


「……ええ」


 


神谷は今度は魔導士を見る。


 


「なら、不自然に消す方法は?」


 


若い魔導士が戸惑う。


 


「それは……浄化術や分解術なら理論上……」


 


そこまで言って、男の顔色が変わった。


 


神谷も、同じ結論へ達していた。


 


(消された)


 


毒そのものが。


 


痕跡ごと。


 


「……そうか」


 


神谷は低く呟く。


 


「最初から“検出されない毒”なんてものを考える必要はなかった」


 


全員が息を呑む。


 


神谷の視線が遺体へ落ちる。


 


「毒は、あった」


 


一拍。


 


「だが、今はもうない」


 


部屋の空気が凍る。


 


誰もまだ、その意味を理解していない。


 


だが神谷の中では、次の扉が確かに開き始めていた。

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