⑤ ミスリード(仮説乱立)
部屋の空気は、次第にざわつき始めていた。
原因不明の死。
外傷なし。
毒反応なし。
人は、理解できないものを前にすると、空白を埋めたがる。
それが間違っていてもだ。
「未知の毒では?」
最初に口を開いたのは、若い薬師だった。
エドガーが落ち着きなく言葉を継ぐ。
「検知魔法にかからない新種の毒物なら説明がつきます。植物由来か、あるいは調合型で――」
「そんなものがあるのか」
と騎士が眉をひそめる。
「理論上は……」
“理論上”。
便利な言葉だと神谷は思った。
次に魔導士が一歩前へ出る。
「内部破壊の術式かもしれません」
「内部破壊?」
「外傷を残さず、臓器だけに負荷を与える魔法です。極めて高度ですが、不可能ではありません」
また“不可能ではない”。
神谷は黙って聞いていた。
医師までもが低く唸る。
「呪詛の線も捨てきれん」
「呪い、ですか」
侍女が青ざめる。
「対象の生命力を削る類の術だ。発見しづらいものもある」
その言葉を境に、場の想像は一気に広がった。
「魔物の呪いでは?」
「誰かが王家を狙って……」
「薬師殿は何か知りすぎたのでは」
「いや、南棟そのものが穢れている」
声が重なり、勝手に膨らんでいく。
神谷は壁際に寄りかかり、その様子を眺めた。
(暴走している)
理解できない現象に、“それっぽい説明”が群がってくる。
未知の毒。
秘術。
呪い。
この世界では、そうした言葉に現実味がある分、なお厄介だった。
だが、どれも同じ穴に落ちている。
(全部、“毒がある前提”だ)
毒という言葉を使うか、魔法という言葉に置き換えるかの違いでしかない。
要するに皆、
“何かの異物が身体に入り、殺した”
と考えている。
だが神谷には、その前提こそ危うく見えた。
「静かにしろ」
低い一声で、部屋が止まる。
ざわめきが切れ、全員の視線が神谷へ集まった。
神谷は水差しの前に立つ。
「未知の毒でも、魔法でも、呪いでもいい」
淡々とした声だった。
「だが、それらは全部――“原因が外から来た”という考え方だ」
誰も口を挟めない。
「本当にそうか?」
沈黙。
神谷は遺体へ目を向ける。
喉を掻きむしった爪痕。
泡立った口元。
苦しみ抜いた顔。
症状は確かにある。
だが、その症状を起こしたものが“毒”だと、誰が決めた。
「お前たちは、“毒っぽい死に方”を見て、毒だと思い込んでいる」
エドガーが反射的に言い返す。
「ですが、症状が――」
「症状は結果だ」
神谷が切り捨てる。
「原因ではない」
再び沈黙が落ちた。
神谷は水差しを手に取り、光に透かした。
透明な液体は、何も語らない。
(目に見える結果に、名前を貼って安心したがる)
それは前の世界でも、この世界でも同じだった。
神谷は静かに呟く。
「……順番が逆なんだよ」
毒だから苦しんだ、ではない。
苦しんだから毒だと思っている。
その思い込みが、今この部屋を支配していた。




