④ 容疑者構図
遺体の検分がひと区切りつくと、神谷は部屋の中央へ戻った。
集められた関係者たちが、壁際に並んでいる。
誰もが口を閉ざし、視線だけが落ち着かない。
事件が起きれば、次に来るのは疑いだ。
それは身分や役職に関係なく、平等に広がる。
神谷は一人ずつ見渡した。
「被害者と最も近かった者から聞く」
最初に前へ出たのは、若い男だった。
細身で、神経質そうな顔つき。
「同僚です。薬品研究を共にしていました」
「名は」
「エドガー」
神谷は頷く。
宮廷薬師同士。
同じ分野、同じ成果、同じ評価。
競争が生まれないはずがない。
「被害者と揉めていたと聞いた」
男の肩が揺れた。
「研究方針で意見が割れただけです」
「恨みは」
「ありません」
即答だった。
だが、その速さ自体が感情を語っていた。
神谷は深追いせず、次へ視線を移す。
「侍女」
呼ばれた女が、おずおずと進み出る。
「朝食を運びました」
「最後に生きている被害者を見たのは、おそらくお前だ」
顔色が変わる。
「……はい」
「部屋に入ったか」
「はい。食事を置いて、すぐに下がりました」
「飲み物は」
「いつもの水差しを新しいものに替えました」
神谷の目が、水差しへ向く。
接触機会は十分にある。
食事、飲料、日用品。
毒を使うなら、最も自然な立場だ。
だが――
(毒が出ない)
神谷は次へ移る。
「魔導士」
若い男が一歩前へ出た。
「被害者とは、薬と魔法の共同研究を」
「毒検知魔法も扱えるな」
「はい」
「魔法で身体に異常を起こすことは?」
男は慎重に答えた。
「理論上は可能です」
つまり、手段はある。
薬と魔法、どちらにも触れられる立場。
しかも検査側にも回れる。
神谷は最後の一人を見る。
「医師」
年配の医師が、重く前へ出る。
「あなたも知識は十分だ」
「……否定はしません」
「毒物の作用、致死量、発症速度。誰より理解している」
医師は苦々しく目を伏せた。
「治すために、です」
「殺すためにも使える」
部屋が静まり返る。
医師は反論しなかった。
神谷は四人を見渡した。
同僚――動機がある。
侍女――接触機会がある。
魔導士――薬と魔法を扱える。
医師――知識がある。
誰でも可能に見える。
誰でも犯人になれる。
普通の事件なら。
だが――
(決定的な穴がある)
神谷は静かに口を開いた。
「お前たち全員に、可能性はある」
誰も動かない。
「だが同時に――誰にも不可能だ」
ざわめきが走る。
「なぜです!」
同僚の男が声を上げた。
神谷は冷たく答える。
「毒を使った形跡がない」
その一言で、空気が凍る。
「飲食物にも反応なし。遺体にも残留なし。器具にも痕跡なし」
視線が四人の顔を順に刺す。
「毒で殺したように見える」
「だが、毒は存在していない」
誰も反論できない。
現実が、それを示している。
神谷はゆっくりと水差しへ歩み寄る。
透明な水面は静かだった。
(誰でもできるように見える)
(だが、“方法”だけが存在しない)
また同じだ、と神谷は思った。
犯人候補は揃う。
動機も並ぶ。
状況も整う。
それなのに――
核心だけが、どこにもない。




