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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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③ 初期捜査

神谷は遺体の傍らに立ち、周囲の者へ視線を向けた。


 


「見立てを聞く」


 


まず、宮廷医師が進み出る。


年配の男は額の汗を拭いながら、慎重に口を開いた。


 


「……急性の衰弱症状に見えます」


 


「具体的には」


 


「呼吸の乱れ、循環不全、全身の痙攣反応。短時間で容体が悪化した痕跡があります」


 


神谷は頷く。


 


「死因は」


 


医師は苦い顔をした。


 


「それが……断定できません」


 


「なぜ」


 


「原因が、ないのです」


 


部屋の空気がわずかに張る。


 


「心臓発作にしては前兆がない。感染症にしては進行が早すぎる。外傷もなければ、内部損傷も見当たらない」


 


医師は遺体を見下ろき、言葉を絞り出した。


 


「症状だけがあり、原因が存在しない」


 


神谷は表情を変えなかった。


 


次に、魔導士へ視線を移す。


 


「検査は」


 


若い魔導士が一歩前へ出る。


 


「毒検知魔法を実施しました」


 


「結果」


 


「反応なしです」


 


「誤作動の可能性は」


 


「低いかと。術式を変えて二度確認しました」


 


「薬品による簡易試験は」


 


「それも陰性です」


 


つまり――


 


毒として感知されるものは、何一つ存在しない。


 


神谷は短く息を吐き、再び遺体へ向き直った。


 


しゃがみ込み、指先で顎を持ち上げる。


口元には乾いた泡。

喉の周囲には赤い線。


 


爪痕だ。


自ら掻きむしった跡。


 


胸元の布は強く握られ、皺になっている。


 


苦痛に耐えようとした痕跡。


 


手首に拘束痕はない。

争った跡もない。


 


誰かに押さえつけられた形ではなく――


 


(自分の身体の中で起きた異常に抗っている)


 


神谷は視線を横へ滑らせる。


机の脇、水差し。


中身は半分ほど減っている。


隣のグラスにも、飲み残しがわずかにあった。


 


(発症前か、発症後か)


 


喉の苦しみがあれば、水を求める。


だが、飲んだものが原因である可能性もある。


 


神谷は立ち上がる。


 


周囲の者たちが、答えを待つように彼を見る。


 


医師は困惑し、魔導士は納得できない顔をしていた。


 


理屈の上では、原因不明。


 


だが、神谷には一つだけ確かなものが見えていた。


 


「苦しんでいる」


 


低く、静かに言う。


 


誰も言葉を返せない。


 


神谷は続けた。


 


「この男は、明確に苦しんで死んだ」


 


「呼吸を奪われ、喉を掻き、身体の異常に抗っている」


 


一歩、遺体へ近づく。


 


「原因が見えないだけだ」


 


沈黙。


 


神谷の目が細くなる。


 


(症状は毒に近い)


 


急激。

外傷なし。

内側から崩れる。

苦悶が強い。


 


それは、あまりにも“毒っぽい”。


 


だが――


 


(毒なら、出る)


 


検知魔法にも、薬品試験にも。


 


それが出ない。


 


ならば、この事件の異常は一つだ。


 


“毒なのに、毒がない”。


 


神谷は水差しへと視線を向けた。


 


その静かなガラスだけが、何も知らぬ顔で光っていた。

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