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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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52/167

② 事件の概要

南棟の一室は、すでに封鎖されていた。


 


扉の前には騎士が二人。

周囲には侍女や使用人たちが、不安げな顔で距離を取って立っている。


神谷が近づくと、無言のまま道が開いた。


 


「被害者は?」


 


「宮廷薬師、レオナルト殿です」


 


答えた騎士の声は固い。


 


宮廷薬師。


王族や高官の治療、薬品管理、毒物鑑定まで担う男。


城内でも知識と信頼を持つ人物だった。


 


(薬と毒を最も知る人間が、原因不明で死ぬ)


 


皮肉が過ぎる。


 


神谷は扉を開け、中へ入った。


 


部屋は整っていた。


本棚。薬棚。机。寝台。

窓は閉じられ、鍵も掛かったまま。


争った形跡はない。


椅子が倒れていることもなく、物が散乱しているわけでもない。


 


静かな部屋だった。


 


その中央で――


男が床に倒れていた。


 


四十代半ばほどの痩せた男。


質の良い部屋着の胸元を掴み、喉元には爪を立てた跡が残っている。


顔は青白く、口元には乾いた泡。


目は大きく見開かれたまま、何かに抗った表情で固まっていた。


 


(苦しんで死んでいる)


 


神谷はしゃがみ込み、遺体を観察する。


 


指先。

爪の間。

唇の色。

瞳孔。


 


苦悶の痕跡は明白だ。


だが――


 


「外傷は?」


 


背後の医師が答える。


 


「ありません。転倒時の打撲も軽微なものだけです」


 


「刺創、絞殺痕、火傷、魔法痕は」


 


「確認できません」


 


神谷は無言で頷く。


 


喉を押さえた跡はある。

だが、それは苦しみの中で自ら掻いたものだ。


他者から加えられた傷ではない。


 


「毒は」


 


神谷の問いに、今度は別の魔導士が口を開いた。


 


「検知済みです」


 


「結果は?」


 


「反応なし」


 


「再検査は」


 


「二度。薬品検査も行いましたが、同じです」


 


その声には困惑が混じっていた。


 


城の検知魔法は精度が高い。

薬師の部屋ならなおさら、簡易検査の道具も揃っている。


それでも何も出ない。


 


神谷は遺体の顔を見下ろした。


 


(毒だ)


 


直感ではなく、観察の結論だった。


呼吸困難。

痙攣の痕跡。

急性症状。

外傷なし。


 


体内から崩れた死に方だ。


 


だが、証拠がない。


 


「死因は不明、ということか」


 


医師が苦い顔で頷いた。


 


「そう言うしかありません」


 


神谷は立ち上がり、部屋全体を見渡す。


 


机の上には開かれた書物。

棚には整然と並ぶ薬瓶。

水差しとグラス。


どれも日常の延長に見える。


 


その中に、一つだけ異物がある。


 


“説明できない死”。


 


(毒なのに、毒がない)


 


神谷は水差しへ目を向けた。


中身は半分ほど減っている。


 


「倒れる前、誰か会っているか」


 


「今朝、侍女が朝食を届けています」


 


「それ以外は?」


 


「部屋に籠って研究をしていたと」


 


神谷は再び遺体を見る。


 


薬師は、自室で一人、苦しみながら死んだ。


外傷なし。


毒なし。


死因なし。


 


だが、苦しみだけは確かに残っている。


 


(“結果”だけが存在している)


 


その不自然さが、部屋の空気そのものに染みついていた。

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