⑫ 隠し伏線
人が去り、ざわめきが消えた後。
封印室には、再び静寂が戻っていた。
神谷は、まだそこにいた。
床に残る血痕。
壁に刻まれた、わずかな傷。
そして――
あの一撃が生まれた“位置”。
(……もう一度、確認する)
ゆっくりと歩き、神谷はその場に立つ。
被害者がいた位置。
凶器が突き立った角度。
頭の中で、転移の座標をなぞる。
(ここに、来るはずだ)
魔導士の証言。
術式の構造。
すべてを前提にすれば――
「……ズレている」
小さく、呟いた。
ほんのわずか。
だが、無視できない差。
本来なら、もう数センチ右。
心臓を正確に貫く軌道。
だが実際は――
(少しだけ、“外れている”)
結果的に致命傷にはなっている。
だが、それは“精密な成功”ではない。
(あの説明と、合わない)
あの魔導士の技量。
あの理屈。
それなら――
(もっと正確に決まるはずだ)
違和感が、積み重なる。
神谷は視線を上げた。
部屋の四隅。
結界の境界。
空間そのものを、測るように見る。
(……記録と一致しない)
先ほど確認した図面。
結界の範囲。
それと、今見えている“位置”が――
わずかに、ズレている。
(そんなはずはない)
ここは固定された空間だ。
構造が変わるはずがない。
それなのに。
(……違う)
そのとき。
背後で、小さな声がした。
「……あの」
振り返ると、侍女が一人、立っていた。
顔色が悪い。
「どうした」
神谷が問うと、彼女はためらいながら口を開いた。
「さっき……その」
言いにくそうに、視線を泳がせる。
「一瞬だけ……」
そして。
「部屋の位置が、違って見えた気がして」
沈黙。
神谷の目が、細くなる。
「違って見えた?」
「は、はい……」
震える声。
「ここじゃないみたいに……少しだけ、ずれて……」
言いながら、自分でも信じられないように首を振る。
「すぐ戻ったんですけど……気のせいかと……」
神谷は、何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと部屋を見渡す。
床。
壁。
空間。
(……やはり)
転移のズレ。
記録との不一致。
そして――
“空間そのものの違和感”。
点だったものが、繋がる。
だが、それは答えではない。
むしろ――
(説明できない)
論理の外にある。
(認識が、ズレている?)
第3話の記録。
壊れていく勇者。
「同じはずが違う」
神谷は、ゆっくりと目を閉じた。
(空間すら、信用できないのか)
静かに、息を吐く。
解決したはずの事件。
だがその裏で――
“場所”すら、揺らいでいた。




