⑩ 犯人特定
沈黙は、長くは続かなかった。
「……では」
宰相が、低く口を開く。
「誰が、それを可能にした」
その問いは、重かった。
理屈は示された。
方法も成立している。
だが――
それを“実行できる者”は限られている。
神谷は、ゆっくりと視線を巡らせた。
騎士。
侍女。
貴族たち。
そして――
一人の男で止まる。
「結界担当の魔導士」
名を呼ばれた男の肩が、わずかに揺れた。
「……何のことだ」
声は平静を装っている。
だが、その奥に微かな硬さがある。
神谷は一歩、距離を詰めた。
「転移魔法の知識がある」
淡々と、条件を並べる。
「結界の仕様を理解している」
「どこに“隙”があるかも知っている」
逃げ場はない。
「そして」
神谷の声が、わずかに低くなる。
「事前に仕込む機会もあった」
封印室。
管理者であれば、準備は可能。
誰にも疑われずに。
「……証拠はあるのか」
魔導士が、押し出すように言う。
「ある」
短い返答。
神谷は続けた。
「転移魔法には座標固定が必要だ」
「その精度は、術者の癖が出る」
一拍。
「お前の魔力の流れと一致した」
魔導士の顔から、血の気が引く。
それが、答えだった。
「……っ」
言葉にならない息が漏れる。
周囲がざわめく。
騎士たちが、じりじりと距離を詰める。
「なぜだ」
今度は、神谷が問う。
「なぜ、殺した」
沈黙。
やがて、魔導士は小さく笑った。
力の抜けた、諦めの笑み。
「……大した理由じゃない」
誰もが息を呑む。
「邪魔だった」
それだけだった。
「奴は、余計なことに気づき始めていた」
「結界の構造、魔法の運用……口出しをしてきた」
吐き出すように続ける。
「放っておけば、いずれ問題になる」
だから――
「排除した」
あまりにも単純な動機。
政治でも、陰謀でもない。
ただの、人間の都合。
神谷は、しばらく黙っていた。
(理解はできる)
だが――
(納得はできない)
騎士たちが動き、魔導士の両腕を拘束する。
抵抗はなかった。
「連行しろ」
低い命令とともに、男は連れていかれる。
その背中を、誰も追わなかった。
事件は、解決した。
理屈は通り、犯人も特定された。
完全な密室。
その答えは――
“人間の犯行”。
神谷は目を閉じた。
(これで終わり、か)
だが――
その思考には、わずかな違和感が残っていた。




