② 事件の概要
扉が、完全に開く。
中は静まり返っていた。
空気が違う。
外よりも、ひどく澱んでいる。
封印室は広くはない。石造りの簡素な空間で、余計な装飾は一切ない。
中央に低い台座があり、その周囲には何もない――はずだった。
「……あれか」
神谷の視線の先。
そこに、男が倒れていた。
中堅貴族――名を知る者も多い、政治に関わる人物だ。
宰相派とも、反王派とも噂される、立場の曖昧な男。
その身体は、仰向けに崩れている。
衣服は乱れていない。
争った形跡も、ほとんど見当たらない。
だが――
胸元に、深く突き立つ短剣。
血はすでに乾きかけていた。
石床に広がった赤黒い染みが、時間の経過を示している。
誰も、すぐには近づかなかった。
「……確認は?」
神谷が問う。
騎士が一歩前に出る。
「はい。死亡は確定しています。発見時と、状況は変わっていません」
「動かしていないな」
「触れていません。扉を開けて確認しただけです」
神谷はゆっくりと中へ入った。
靴音が、やけに大きく響く。
(密室)
視線だけで、空間をなぞる。
壁。床。天井。
隠れる場所はない。
入口は一つ。
今、自分たちが通ってきた扉だけだ。
振り返る。
扉は厚く、内側からも開閉できる構造ではあるが――
「施錠は外から、だったな」
「はい」
背後の騎士が即答する。
「発見時、鍵は外側にありました。封印もそのままです」
「結界は」
今度は魔導士が答える。
「完全に維持されていました。侵入の痕跡も、干渉もありません」
断言だった。
迷いがない。
つまり――
(誰も入っていない)
神谷は再び遺体へ視線を落とす。
短剣。
柄の部分まで、しっかりと握り込まれているように見える。
だが、それは“刺さっている”だけだ。
自傷ではない。
角度が違う。
(他殺)
疑いようがない。
ゆっくりと周囲を見渡す。
やはり、何もない。
隠し扉も、抜け道も、痕跡も。
完全に閉じた空間。
その中で、人が死んでいる。
「……凶器が、あるんだな」
神谷が呟くように言うと、誰も答えなかった。
分かっているからだ。
その意味を。
凶器がここにある。
つまり、この短剣は“ここで使われた”。
そして――
(使った“誰か”がいる)
神谷は、ゆっくりと立ち上がった。
視線が、再び扉へ向く。
重く、分厚く、閉じられた世界。
「だが」
小さく、声が落ちる。
「出入りは不可能」
誰も、言い返さない。
それが、この場の前提だからだ。
侵入できない。
脱出もできない。
それでも、殺されている。
神谷は目を細めた。
(凶器がある=犯人もいたはず)
だが――
(ここには、いない)
矛盾が、静かにそこにある。
逃げ場もなく、
崩れることもなく、
ただ、成立している。
神谷は遺体を見下ろしたまま、動かなかった。
(第1話と同じ構造)
だが、違う。
(今回は、“逃げ道”すらない)
完全な密室。
そして――
完全な矛盾。




