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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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34/50

⑨ 新仮説

神谷は、その場に立ったまま動かなかった。


記録は閉じられている。


だが、中身はすべて頭の中に残っている。


(直接、殺していない)


第1話。


聖女は死んだ。


だが、それは“仕組まれた死”だった。


魔法と毒による、時間差の殺害。


そこに、“魔王”の影はなかった。


(第2話も同じだ)


騎士は殺された。


だが、それは人間の犯行。


魔王は関与していない。


少なくとも、表面上は。


神谷は静かに目を細めた。


(だが、異常はあった)


証言が歪んだ。


認識がズレた。


現実の見え方が、統一されなかった。


(そして、これだ)


神谷の視線が、記録へ落ちる。


勇者は壊れた。


段階的に。


確実に。


だが――


(殺されてはいない)


少なくとも、記録上は。


死の描写はない。


ただ、消えただけだ。


(共通点は一つ)


神谷の思考が、静かに繋がる。


(魔王は、直接手を下していない)


刃も、魔法も使っていない。


目に見える“攻撃”は存在しない。


それなのに、


結果だけは残る。


死。


混乱。


崩壊。


神谷は小さく息を吐いた。


(なら、何をしている)


問いは、すでに答えを含んでいる。


神谷はゆっくりと目を閉じた。


(認識を歪める)


見たものが変わる。


理解がズレる。


同じ現実が、違う形になる。


(思考を壊す)


そのズレは積み重なる。


修正できない。


整合性が取れなくなる。


そして――


神谷の指が、わずかに動く。


(限界を超える)


人間は、理解できないものを前にすると、


それを無理に理解しようとする。


だが、理解できないままではいられない。


だから、壊れる。


神谷は目を開けた。


静かな光が、そこにある。


(逆だ)


壊れているから理解できないのではない。


(理解するから、壊れる)


その順序。


その因果。


神谷の中で、完全に繋がった。


(“見せられている”)


理解できない何かを。


それでも理解しようとしてしまう何かを。


(そして)


神谷は、あの一文を思い出す。


整いすぎた文字。


『魔王はこの中にいる』


(“理解させられている”)


壊れる直前に、


それだけは、正確に。


逃げ場なく。


刻み込まれる。


神谷は静かに呟いた。


「……そういうことか」


声は小さい。


だが、確信があった。


(魔王は直接殺さない)


その必要がないからだ。


(認識を歪める)


(思考を壊す)


そこまでは過程。


本質ではない。


神谷の思考が、最後の一点に収束する。


(“理解させる”ことで壊す)


その結論だけが、


異様なほど、鮮明だった。


そして同時に――


それは、最も避けるべき領域に、


足を踏み入れたということでもあった。

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