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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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32/50

⑦ 勇者の結末

神谷は、本を閉じたまま動かなかった。


最後の一文が、頭の中に残っている。


だが――


それ以上に気になることがあった。


「……その勇者は」


神谷は顔を上げ、宰相を見る。


「どうなった」


短い問い。


だが、その意味は重い。


宰相はすぐには答えなかった。


わずかに視線を外し、それから口を開く。


「失踪した」


簡潔な答え。


だが、その言葉は曖昧だ。


神谷は続ける。


「死亡は確認されていないのか」


「されていない」


即答だった。


「遺体も、装備も、何も見つかっていない」


神谷は沈黙した。


(痕跡がない)


消えた。


それだけ。


戦闘の記録もない。


死体もない。


証拠もない。


ただ、“いなくなった”。


神谷は静かに問う。


「捜索は」


「行われた」


宰相は淡々と答える。


「だが、成果はなかった」


一拍。


「まるで、最初から存在しなかったかのように」


その言い方が、妙に引っかかる。


神谷はそれを追及しない。


代わりに、別の方向から問う。


「周囲は、どう見ている」


宰相はわずかに眉を動かした。


「……噂はいくつかある」


「言え」


短く促す。


宰相はためらいなく並べた。


「逃げた、という説」


「任務の重圧に耐えきれず、離脱したとするものだ」


神谷は何も言わない。


宰相は続ける。


「裏切った、という説もある」


「魔王側に付いた、あるいは何らかの取引をしたと」


一瞬の沈黙。


「そして――」


宰相の声が、わずかに低くなる。


「消された、という説」


「……誰に」


神谷の問いに、宰相はわずかに目を細めた。


「それは、言うまでもないだろう」


答えは明確にされない。


だが、意図は伝わる。


――王か。


あるいは、もっと別の何かか。


神谷は静かに息を吐いた。


(どれも、証拠がない)


だからこそ、否定もできない。


(つまり)


結論は一つだ。


(分からない)


勇者がどうなったのか。


何を見たのか。


なぜ消えたのか。


その全てが、不明のまま残されている。


神谷は閉じた記録へ視線を落とした。


(だが、壊れている)


少なくとも、その過程は明らかだ。


正常だった人間が、


段階的に崩れ、


最後には――あの一文だけを残した。


神谷はゆっくりと目を閉じた。


(結末だけが、抜け落ちている)


そこが、一番重要なはずなのに。


そこだけが、空白だ。


神谷は再び目を開けた。


静かな光が宿る。


(……いや)


空白ではない。


“消されている”。


その可能性が、静かに浮かび上がる。


だが、それを証明する手段はない。


神谷は本から手を離した。


分かっていることは一つだけだ。


この勇者は――


“終わっていない”。


それだけが、不気味なほど確かだった。

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