⑤ 神谷の分析
神谷は、ページをめくる手を止めた。
視線は文字の上にあるが、意識は別の場所に向いている。
(証言が歪む)
第2話で見た現象。
同じものを見ても、違う形で記憶される。
主観が介入する。
(認識がズレる)
この記録の中で起きていること。
同じ人物が違って見える。
現実と記録が一致しない。
観測そのものが不安定になる。
(そして――)
神谷は、指先で紙をなぞった。
(記録すら狂う)
書かれたもの。
固定されたはずの情報。
それすら、崩れている。
文章の乱れ。
言葉の反復。
意味の破綻。
それは単なる精神の不調では説明しきれない。
(繋がっている)
点ではなく、線だ。
証言。
認識。
記録。
全てが、同じ方向に歪んでいる。
神谷はゆっくりと目を閉じた。
(自然に起きているとは思えない)
偶然にしては、揃いすぎている。
段階的に。
確実に。
まるで――
(誘導されているように)
その言葉が浮かび、消えない。
神谷は目を開けた。
静かな光が宿る。
(外からの作用だ)
内側の問題ではない。
人間の性質だけでは説明できない。
ならば、答えは一つ。
神谷は、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……干渉している」
それは仮説。
だが、最も筋が通る。
(魔王)
まだ姿は見えない。
だが、その“影響”だけは確実に存在する。
神谷の思考が、ゆっくりと形を取る。
(直接、殺していない)
少なくとも、この記録の中では。
(壊している)
認識を。
理解を。
思考を。
そして――
神谷は記録へ視線を落とした。
(気づかせている)
何かに。
“見てはいけないもの”に。
その結果として、人間が壊れていく。
神谷は静かに息を吐いた。
(魔王は、“干渉する”)
その結論だけが、はっきりと残った。
だが同時に、それは別の疑問を呼び起こす。
(どこまで、干渉できる)
証言だけか。
認識だけか。
それとも――
神谷の視線が、再び文字の上をなぞる。
(記録すら)
その先の可能性を、考えたくはなかった。




