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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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第3話「過去の勇者」① 導入:異物としての記録

城の空気は、さらに重くなっていた。


誰もが口には出さない。


だが、確実に共有されている認識がある。


――証言は信用できない。


廊下ですれ違う者たちは、互いに視線を逸らす。


言葉は慎重になり、沈黙が増えた。


何かを見ても、それが本当に“見たもの”なのか分からない。


そんな不安が、城全体に広がっている。


神谷はその変化を、冷静に観察していた。


(崩れ始めている)


秩序ではなく、前提が。


人間同士の信頼は、“同じものを見ている”という前提で成り立っている。


それが崩れれば、残るのは疑念だけだ。


(証言が使えない世界)


神谷はゆっくりと歩きながら考える。


(なら、何を使う)


視覚も、記憶も、当てにならない。


だが、一つだけ残るものがある。


(記録)


書かれたもの。


残されたもの。


その瞬間の“固定された情報”。


少なくとも、後から歪む可能性は低い――


そこまで考えて、神谷はわずかに目を細めた。


(本当にそうか?)


その疑問を抱いたまま、足を止める。


呼び出されていた部屋の前だ。


扉を叩く。


「入れ」


低い声。


神谷は扉を開けた。


室内には、宰相がいた。


書類の山に囲まれ、相変わらず無駄のない表情をしている。


「来たか」


神谷は一礼し、正面に立つ。


「用件は」


宰相は一瞬だけ沈黙し、それから口を開いた。


「一つ、伝えておくべきことがある」


その言い方に、わずかな違和感がある。


“報告”ではない。


“開示”に近い。


神谷は黙って続きを待つ。


宰相はゆっくりと言った。


「過去にも勇者はいた」


――初めて聞く話だった。


神谷の目がわずかに細くなる。


「……何人」


「記録上は、複数」


「だが、そのうちの一人が問題だ」


一拍。


「失踪している」


室内の空気が、わずかに変わる。


神谷は短く問う。


「死亡ではなく?」


「確認されていない」


曖昧な言い方。


神谷は続ける。


「その勇者は、何をしていた」


宰相は机の引き出しを開けた。


中から、一冊の束を取り出す。


古びている。


だが、丁寧に保管されていたことが分かる。


「記録だ」


机の上に置かれる。


乾いた音。


「日誌、および報告書」


神谷はそれを見下ろす。


紙の束。


ただの記録。


だが――


(妙に重い)


そんな感覚がある。


神谷は視線を上げた。


「なぜ今まで出さなかった」


宰相は答えない。


代わりに、こう言った。


「閲覧は制限されていた」


その一言で、十分だった。


神谷の中で、何かが繋がる。


(隠していた?)


ただの過去の資料ではない。


意図的に伏せられていたもの。


つまり――


(触れられたくない内容がある)


神谷はゆっくりと手を伸ばした。


指先が、記録に触れる。


わずかな紙の感触。


それだけのはずなのに、


なぜか、妙な違和感が残る。


(……異物だ)


この城の中で、


この世界の中で、


どこか“浮いている”。


神谷は最初のページを開いた。


そこに書かれているものが、


何を意味するのか。


まだ、この時点では分からない。


だが確実に――


“見てはいけないもの”に近いと、


直感が告げていた。

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