⑫ ラスト
人の気配が、完全に途絶えた。
廊下には、神谷だけが残っている。
灯りは相変わらず頼りなく、影が長く伸びていた。
先ほどまで人が倒れていた場所には、もう何もない。
血の跡だけが、現実だったことを示している。
神谷は、その場に立ち尽くしていた。
(証言は、信用できない)
静かに、思考が整理されていく。
見たという言葉。
それは、事実ではない。
解釈だ。
(人間は、見たものをそのまま受け取らない)
必ず意味を与える。
理解する。
そして――歪める。
(人間は見たいものを見る)
その結論は、あまりにも単純で。
あまりにも、重い。
神谷はゆっくりと目を閉じた。
(なら――)
この世界で、何が真実を語るのか。
証言は使えない。
記憶も当てにならない。
認識すら、揺らぐ。
(何を信じればいい)
その問いに、すぐには答えは出ない。
だが、一つだけ確かなものがある。
神谷は目を開けた。
静かな光が、その奥に宿る。
(……俺か?)
誰にも聞こえない、心の声。
それは傲慢にも見える。
だが、それ以外に頼れるものがない。
この世界では。
神谷はゆっくりと歩き出した。
足音が、空の廊下に響く。
誰もいない。
誰も信用できない。
その中で、ただ一人、
“観測し続ける者”として。
影が、長く伸びる。
それはまるで、何かに引きずられているようにも見えた。




