⑪ 隠し要素(重要)
人がまばらになり始めていた。
事件の処理は終わり、騎士たちは持ち場へ戻りつつある。
廊下には、まだわずかな緊張が残っていたが、それも次第に薄れていく。
「……失礼します」
神谷が歩き出そうとしたとき、声がかかった。
振り向くと、若い騎士の一人が立っている。
先ほど証言をしていなかった者だ。
どこか落ち着かない様子で、視線が定まらない。
「何だ」
神谷が短く返す。
騎士は一瞬ためらい、それから口を開いた。
「……さっきの件で」
声がわずかに震えている。
「言いそびれていたことが、あって」
神谷は足を止めた。
「話せ」
騎士は唾を飲み込み、ゆっくりと言った。
「俺も、人影を見ました」
神谷は黙って聞く。
「でも……その」
言葉を選ぶように、間が空く。
「うまく言えないんですが」
視線が宙を彷徨う。
「……二重に見えたんです」
沈黙。
神谷の目が、わずかに細くなる。
「二重?」
「はい……一瞬だけですけど」
騎士は困惑した顔で続ける。
「重なっているというか……ズレているというか……」
首を振る。
「すぐに一つに見えたんですけど」
神谷は何も言わない。
騎士はさらに言葉を重ねた。
「あと……」
躊躇い。
だが、思い切ったように口にする。
「顔も、変だった気がします」
「変?」
「一瞬だけ……違う顔に見えたというか……」
自分でも信じられない、というように笑う。
「すみません、変なこと言ってますよね」
「気のせいだと思います」
その言葉で、無理やり納得しようとしているのが分かる。
神谷は短く言った。
「いい」
騎士はほっとしたように頭を下げる。
「失礼しました」
足早に去っていく。
その背中を見送りながら、神谷は動かなかった。
(……二重)
(顔が違う)
先ほどまでの“ズレ”とは、質が違う。
光や角度では説明しきれない違和感。
(認識の問題……か?)
だが、それにしては――
神谷はゆっくりと視線を落とした。
床に残る血の跡。
すでに乾き始めている。
(気のせい、で済ませていいのか)
答えは出ない。
だが、その証言だけが妙に引っかかる。
他の証言は、“ズレている”だけだった。
だがこれは――
(“壊れている”)
その可能性が、静かに浮かぶ。
神谷は目を細めた。
(……やはり)
第1話から続く違和感が、形を持ち始めている。
魔王。
姿が見えない存在。
そして今――
“見えているはずのもの”すら、信用できない。
神谷は廊下の奥を見つめた。
暗闇は、相変わらず何も語らない。
だが確かにそこに、“何か”がいる気がした。




