⑨ 犯人特定
神谷は、わずかに視線を巡らせた。
「では、犯人の話に戻ります」
現実へ引き戻す一言。
張り詰めていた空気が、わずかに動く。
騎士団長が低く問う。
「特定できるのか」
神谷は頷いた。
「できます」
一拍。
そして、視線を一人に向ける。
「あなたです」
名を呼ばれた騎士が、びくりと肩を震わせた。
周囲の視線が一斉に集まる。
「な……何を……」
声が揺れている。
神谷は淡々と続けた。
「被害者と、衝突していた」
「数日前、任務の件で口論になっている」
騎士団長が眉をひそめる。
「……報告は上がっている」
神谷は頷いた。
「あなたはその後も不満を抱いていた」
「そして、巡回の隙を見て、この場所で待ち伏せた」
騎士は首を振る。
「違う……俺は……!」
だが、その否定は弱い。
神谷は感情を交えずに言う。
「証言のズレに紛れて逃げるつもりだった」
静かに、だが確実に。
「だが、それは成立しない」
沈黙。
騎士の呼吸が荒くなる。
「俺は……ただ……」
言葉が途切れる。
拳が震えている。
やがて、力が抜けるように膝が崩れた。
「……あいつが」
低く、絞り出すような声。
「俺の手柄を横取りして……」
顔を上げる。
そこには、怒りと悔しさが残っていた。
「俺は……認められたかっただけだ……」
誰も、何も言わない。
あまりにもありふれた理由だった。
野心。
嫉妬。
衝突。
特別な悪意でも、深い陰謀でもない。
ただの、人間の感情。
神谷は静かに見下ろした。
(単純だ)
事件としては、あまりにも。
騎士団長が重く息を吐く。
「……連れて行け」
命令が下る。
騎士たちが動き、犯人の腕を取る。
抵抗はなかった。
ただ俯いたまま、静かに連行されていく。
その背中を見送りながら、神谷は目を細めた。
(事件は終わった)
トリックも、犯人も、動機も。
全ては解決している。
だが――
胸の奥に、わずかな引っかかりが残る。
(簡単すぎる)
この世界にしては。
神谷は視線を廊下の奥へ向けた。
暗がりは、何も語らない。
だが確かにそこには、“何か”が潜んでいるように感じられた。




