⑥ 検証パート(論理の構築
「少し、動くな」
神谷はそう言って、騎士たちを手で制した。
ざわめきが止まる。
「現場を再現する」
短い説明だったが、それで十分だった。
神谷はゆっくりと歩き出す。
まず、倒れていた騎士の位置へ。
足元に立ち、周囲を見渡す。
(ここが中心)
次に、若い騎士へ視線を向けた。
「お前はどこにいた」
「あ、ああ……この辺りです」
指差された位置へ移動する。
神谷はその場所に立ち、同じ方向を向いた。
「そのとき、何が見えた」
若い騎士が答える。
「黒い影が……走って――」
「分かった」
神谷はそれ以上聞かない。
視線を前へ固定する。
廊下は暗い。
灯りはあるが、間隔が広い。
この位置からだと、対象は輪郭しか分からない。
(色は、ほとんど識別できない)
黒か白か。
それすら、確信は持てない。
神谷は小さく頷いた。
次に、侍女の位置へ。
「お前はここか」
「は、はい……」
同じように立つ。
今度は角度が違う。
灯りが直接当たる位置だ。
対象が、わずかに明るく見える。
(反射)
布の質感によっては、色が変わって見える。
(白く見えてもおかしくない)
神谷は無言でその場を離れる。
次に、騎士団長の位置。
廊下の途中。
視界の端に現場が入るかどうかの位置だ。
神谷は実際にその方向を向いてみる。
――見えない。
角度的に、死角になる。
(そもそも視認していない)
ならば、“見ていない”という証言は正しい。
神谷はさらに移動する。
最後に、音だけを聞いた騎士の位置。
距離がある。
視界には入らない。
だが、音は反響して届く。
(争う音だけが強調される)
神谷は一度、全員を見渡した。
「いいか」
静かに口を開く。
全員の視線が集まる。
「同じ現場でも、見えるものは違う」
一歩、ゆっくりと踏み出す。
「照明が弱い」
天井を見上げる。
「光が足りない場所では、色は正確に見えない」
若い騎士と侍女を順に見る。
「黒にも白にも見える」
次に、騎士団長へ。
「視界が狭い位置では、そもそも見えない」
最後に、音だけの騎士へ。
「距離があれば、音だけが残る」
神谷は一拍置いた。
「そして――」
声がわずかに低くなる。
「人は、見えなかった部分を“補う”」
沈黙。
神谷は続ける。
「恐怖や焦りがあれば、その補完はさらに強くなる」
若い騎士の顔が強張る。
「影が“走っている”ように見える」
侍女が息を呑む。
「人が“歩いている”ように見える」
神谷は言い切った。
「だが、それは事実じゃない」
一瞬の間。
「“そう見えた”だけだ」
言葉が、静かに落ちる。
全員の表情が変わる。
理解が追いつき始めている。
神谷は最後に、静かに結論へ向かう。
「証言は、現実を写しているわけじゃない」
「人間の認識を写している」
その一言で、場の空気が変わった。
“証言”という土台が、
静かに崩れ始めていた。




