⑤ 神谷の違和感
ざわめきは、再び広がろうとしていた。
だが神谷の中では、すでに音は遠ざかっている。
意識は、目の前の“証言”だけに向いていた。
黒い影。
白い服。
見ていない。
音だけ。
(食い違いすぎている)
ここまでズレることがあるのか。
普通なら、どこかに共通点があるはずだ。
輪郭。
動き。
方向。
だが今回は、それすら一致しない。
(異常だ)
神谷はゆっくりと目を閉じた。
一つずつ、証言をなぞる。
若い騎士。
焦りながらも、はっきりと語っていた。
(あれは“見た”人間の反応だ)
侍女。
言葉を選びながらも、迷いはなかった。
(作っている様子はない)
騎士団長。
断定的で、揺らがない。
(自分の認識に確信を持っている)
別の騎士。
戸惑いながらも、正直に答えている。
(隠そうとはしていない)
神谷は静かに息を吐いた。
(嘘じゃない)
少なくとも、意図的な虚偽ではない。
誰もが、自分の見たものをそのまま語っている。
――そう“思っている”。
その違和感が、ゆっくりと形を取る。
(なら)
思考が、一段深く沈む。
(何がズレている?)
事実か。
証言か。
そのどちらかだ。
だが、事実は一つしかない。
死体は一つ。
犯行も一度。
現実は、分裂していない。
(なら、ズレているのは――)
神谷は目を開けた。
静かな光が宿る。
(証言だ)
それぞれの中にある“認識”。
それが一致していない。
いや。
(そもそも、一致するものじゃない)
その考えが、すっと落ちる。
人は、見たものをそのまま記録しない。
理解する。
解釈する。
補完する。
そして、“それらしく”記憶する。
(だから、ズレる)
ここまで極端に。
ここまで簡単に。
神谷は小さく呟いた。
「……なるほど」
誰にも聞こえない声で。
(そういうことか)
全ての証言が“本当”であり、
同時に“間違っている”。
矛盾しているようで、矛盾していない。
その構造が、ようやく見えた。
神谷はゆっくりと顔を上げる。
(なら――)
結論は一つ。
(全員、間違っている)
その確信だけが、静かに、揺るぎなくそこにあった。




