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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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⑪ 神谷の違和感

ざわめきは、すぐには収まらなかった。


「王……」


「いや、しかし……」


「そんなはずが……」


誰もが声を潜めながらも、同じ言葉を繰り返す。


視線は玉座へ、そしてまた床の文字へと揺れ動く。


疑念が、形を持ち始めていた。


その空気を、切り裂いたのは――


「違う」


神谷の一言だった。


大きな声ではない。


だが、不思議と全員の耳に届いた。


騎士団長が振り向く。


「何だと?」


神谷は床を見たまま、静かに続ける。


「これは、“王”を指しているわけではない」


再び、ざわめきが走る。


今度は困惑の色が濃い。


「だが、“おう”と……」


誰かが言いかける。


神谷は首を振った。


「読める、というだけです」


ゆっくりと立ち上がる。


そして、床の文字を指差した。


「よく見てください」


全員の視線が集まる。


「この文字は、途中で途切れている」


確かに。


最後の線は不自然にかすれ、完全に書き切られていない。


「もし“王”と書くつもりだったなら、もっと明確に残るはずです」


神谷の声は淡々としている。


だが、その内容は鋭い。


「それに、書き方もおかしい」


「形が崩れている。均等でもない」


一歩、踏み出す。


「これは落ち着いて書かれた文字ではない」


間。


「死の直前、焦りの中で書かれたものです」


沈黙。


誰も反論できない。


神谷はさらに続ける。


「つまりこれは、“単語”ではない」


その一言で、空気が変わる。


「何……?」


騎士団長が低く問う。


神谷は答えた。


「途中までしか書けなかった、“文章の一部”です」


言葉が、重く落ちる。


“おう”という二文字に見えていたものが、意味を失う。


いや、正確には――


意味が拡張される。


「この後に、続きがあった」


神谷は床を見下ろす。


「だが、書ききる前に力尽きた」


聖女の最期の姿が、頭に浮かぶ。


倒れながら、必死に何かを伝えようとしていた姿。


(なら)


神谷の思考が、静かに進む。


(これは“断片”だ)


(本来の意味は、別にある)


顔を上げる。


視線が、わずかに鋭くなる。


「この文字を、そのまま解釈するのは危険です」


静かに、しかしはっきりと言い切る。


「これはまだ、“完成していない情報”です」


ざわめきが再び広がる。


だが先ほどとは違う。


今度は、“分からなさ”によるものだ。


神谷は心の中で呟く。


(誘導されている)


誰かが意図したのか。


それとも偶然か。


だが、この“おう”という断片は、あまりにも都合が良すぎる。


(簡単すぎる答えは、疑え)


探偵としての本能が、そう告げていた。


神谷はもう一度、床の文字を見つめる。


(これは、何の一部だ)


答えはまだない。


だが確実に、この遺言は――


“王”などという単純なものでは終わらない。

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