第9話:全員招集 ① 導入:神谷の決断
夜が明けても、神谷は一睡もできなかった。
窓の外では空が白み、城壁の向こうから鳥の声が聞こえる。
世界はいつも通り朝を迎えている。
だが神谷の中では、何ひとつ昨日までと同じではなかった。
机の上には、聖女の私室から持ち帰った走り書きの写しが広がっている。
『告げれば、皆が見る』
『疑えば、皆が考える』
『知るほど形を得る』
何度読み返しても意味は変わらない。
むしろ読むたびに重くなる。
暴けば、敵を強める。
王の異常を公表すれば、人々は王を見る。
噂し、議論し、恐れ、確かめようとする。
その認識の集中が、あれを育てる。
だが黙ればどうなる。
王は玉座に座り続ける。
人々は忠誠を誓い、命令に従い、国は“王がいる前提”で回り続ける。
中心を明け渡したまま。
神谷は両手で顔を覆った。
聖女は黙った。
それは正しかったのだろう。
少なくとも、あの時点では。
彼女は一人で抱え、一人で耐え、一人で封じようとした。
だが彼女は死んだ。
そして敵はまだいる。
沈黙は時間を稼いだ。
だが勝利には届かなかった。
神谷はゆっくり手を下ろす。
窓硝子に映る自分の顔は青白く、目の下に深い隈ができていた。
「……もう次の段階だ」
小さく呟く。
秘密保持のフェーズは、聖女で終わった。
彼女の役目は封印だった。
延命だった。
これ以上広がらせないための防壁だった。
なら、自分の役目は違う。
封じることではない。
切り離すことだ。
王という座から。
人々の信頼から。
この国の中心装置から。
神谷は立ち上がり、窓を開けた。
朝の冷気が一気に流れ込む。
肺の奥まで刺さるような空気だった。
(観測で強くなるなら)
王は見られることで王になる。
呼ばれることで形を得る。
期待されることで完成する。
ならば必要なのは、視線を増やすことではない。
恐怖を撒くことでもない。
(観測の“仕方”を変える)
人々が同じ像を見るから、あれは安定する。
王として一致して認識されるから、王でいられる。
ならばその一致を壊せばいい。
威厳ある王。
慈悲深い王。
賢明な王。
絶対の王。
それぞれの頭の中にある“王像”を、互いに衝突させる。
見る者の認識を揺らし、役割の輪郭を裂く。
神谷の脳裏に、玉座の間が浮かぶ。
王。
臣下。
騎士。
神官。
貴族。
侍従。
全員の視線が集まる、あの場所。
あそこでやるしかない。
逃げ場のない中心で。
皆が見ている前で。
王そのものへ、矛盾を突きつける。
危険なのは分かっている。
失敗すれば、自分が狂人として処分されるだけだ。
あるいは、それ以上かもしれない。
それでも、もう黙ってはいられない。
聖女は沈黙で世界を守った。
なら次は、自分が騒がせて守る番だ。
神谷は外套を掴み、部屋を出る。
足音が石廊下へ乾いて響いた。
向かう先は一つ。
玉座の間。
王のいる場所。
そして、魔王のいる場所だった。




