⑫ ラストモノローグ
玉座の間を出たあとも、神谷はしばらく歩き続けた。
どこをどう曲がったのか、自分でも覚えていない。
気づけば、人の少ない回廊に立っていた。
高窓から差す午後の光が、長い影を床へ落としている。
遠くで鐘が鳴る。
昼の区切りを告げる音。
王は今も玉座に座っているだろう。
誰かに微笑み、誰かを安心させ、誰かの期待通りの言葉を返している。
完璧に。
神谷は壁へ背を預け、ゆっくり息を吐いた。
聖女の残した文字が頭を離れない。
震えた筆跡。
隠された警告。
空白だらけの日記。
彼女は知っていた。
王の正体を。
この国の中心に巣食うものを。
それでも叫ばなかった。
民衆へ告げなかった。
神官へも、貴族へも、兵へも、誰にも。
(聖女は隠した)
臆病だったからではない。
信じてもらえないと思ったからでもない。
もっと現実的で、もっと残酷な理由だ。
(敵を守るためではない)
あれを庇ったのではない。
王権を守ったのでもない。
(世界を守るために)
真実を広めることが、敵を育てる。
恐怖が視線を集める。
視線が認識を集める。
認識が輪郭を与える。
なら沈黙こそが、防壁だった。
誰にも理解されず、
感謝もされず、
むしろ疑われながら、
彼女はその役を引き受けていた。
神谷は拳を握る。
なら、自分はどうする。
知ってしまった。
構造も、危険も、聖女の選択も。
このまま黙れば、王は今日も王として機能し続ける。
国は表面上、平穏だ。
人々は安心し、秩序は保たれる。
だがその平穏は、怪物の上に築かれている。
いつ崩れるか分からない。
(なら――)
暴くべきか。
王の正体を公表し、民へ警鐘を鳴らし、世界へ危機を知らせる。
その結果、恐慌が起きても。
敵がさらに濃くなっても。
黙るべきか。
聖女と同じように、誰にも告げず、一人で方法を探す。
理解されぬまま、孤独に削れていく道を選ぶのか。
神谷は目を閉じた。
勇者として召喚された時、もっと単純な敵を想像していた。
剣で斬れる魔王。
倒せば終わる災厄。
だが現実は違う。
この敵は情報の形をしている。
認識に寄生し、正しささえ利用する。
だから真実そのものが危険物になる。
神谷は静かな廊下で、誰にも聞こえぬ声で呟いた。
「真実は、武器にも餌にもなる」




