② 全員招集命令
神谷が最初に向かったのは、玉座の間ではなかった。
王を揺さぶる前に、舞台を整える必要がある。
敵は王そのものではなく、“王として見られる構造”だ。
ならば、その構造ごと動かさなければならない。
夜明け直後の政務局はまだ静かだった。
書記官たちが帳簿を開き始め、下働きの者たちが蝋燭を替えている時間だ。
その空気を切り裂くように、神谷は中央机へ命令書を叩きつけた。
「緊急招集をかけろ」
居並ぶ役人たちが凍りつく。
神谷は続けた。
「勇者権限による王城防衛命令。加えて非常時条項の発動を要請する」
ざわめきが走る。
勇者権限は名目上存在していても、滅多に使われるものではない。
外敵侵攻や王都壊滅級の災害時に限る、象徴的な権限だ。
若い書記官が震える声で言った。
「り、理由を……」
神谷は一瞬だけ沈黙し、全員の顔を見渡した。
「魔王に関する重大発見があった」
室内の空気が変わった。
誰もが息を呑む。
魔王。
その単語だけで、人々の頭には決まった像が浮かぶ。
黒い軍勢。
異形の怪物。
国境の彼方の闇。
討伐されるべき外敵。
神谷はそれを知っていて、あえて使った。
「一刻の猶予もない。王城中枢を全員、玉座の間へ集めろ」
命令は一気に走った。
書記官が紙を抱えて飛び出し、伝令が廊下を駆ける。
鐘楼へ使者が走り、城内各所へ招集の合図が広がっていく。
ほどなくして城全体がざわめき始めた。
「ついに来たのか」
「魔王軍が国境を越えたのでは」
「勇者様が討伐へ出陣されるらしい」
「いや、内部協力者が見つかったと聞いた」
噂は廊下から厨房へ、厨房から兵舎へ、兵舎から中庭へと雪崩のように広がる。
神谷はその声を聞き流しながら歩いた。
皆、同じ勘違いをしている。
魔王は外にいると思っている。
門の向こう、山脈の彼方、暗黒の地のどこかに。
城の外から攻めてくる存在だと信じている。
だから今も安心していられる。
城壁の中にいる限り、自分たちは安全だと。
その無邪気さに、神谷は寒気を覚えた。
やがて中枢の者たちが次々に呼び出される。
老宰相。
杖をつきながらも顔色は鋭い。
騎士団長。
甲冑の音を鳴らし、即応の表情で現れる。
宮廷魔導士長。
寝不足らしい目をしながら、何か計算するように眉を寄せている。
神官長。
祈りの珠を指で繰りつつ、不安を隠せていない。
記録官。
羊皮紙と羽根筆を抱え、慌ただしく息を切らす。
侍従長。
礼儀正しい姿勢のまま、状況だけを探っている。
さらに有力貴族たち、近衛兵代表、側近たち。
王城の意思決定層が、一つの場所へ吸い寄せられていく。
神谷はその流れを見ながら思う。
これでいい。
全員必要だ。
王を成立させている視線の主たち。
王を王として扱い続けてきた者たち。
その全員の前でしか、今日の勝負は成立しない。
玉座の間の巨大扉が、ゆっくりと開かれていく。
その先に、昼の王がいる。




