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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
終章 寒空の下で
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第135節 攻勢

「あの――」

「最後に一つだけ。」


 おひい様を助けたい――しかしそんなわたしの勇気も敢え無く遮られてしまった。

 同時に口を開いたタケハヤのはっきりとした意志の載った言葉に被せられて、わたしはそのまま黙るしかなかったのだ。

 そしてそんなことになっていたとも気付いていないらしいタケハヤは、おひい様に向かって一つの問いを投げかけていた。


「……姫君よ……。先ほどの言葉……あれはそなたの本心なのであろうか。」


 わたしはその言葉に悟った。彼もまた諦めきれていないようだ、と。彼は先ほどの話を蒸し返してでもおひい様の自決を思い止まらせるつもりのようだ。

 わたしはタケハヤのことが嫌いだった。それは彼がタケリビコになろうと変わらない。

 それでもおひい様に対する想いは同じのようで、向いている方向は一緒だと思えた。それに今のわたしにあるのはおひい様に対する気持ちだけで、何かかけられる言葉を持ち合わせているわけではない。

 わたしは、自分の想いも彼の言葉に乗せて話の行方を見守ることを選んだ。




「先ほどの言葉?」

「一人で生きられるのは強さ、と言われたことです。」

「あら?わたくし何かおかしなことを申し上げましたかしら。」


 タケハヤの問いをするりと躱すようにおひい様が応えていた。


(やっぱりおかしい。)


 わたしはおひい様の態度に不審を感じていた。

 確かにおひい様は普段からとぼけて話をはぐらかすようなところはあった。

 けれどそれは会話を弾ませる工夫のようなもので話の本筋からそれることはないし、わたしもおひい様との会話はどこか楽しい気分にさせられていたものだ。

 それが今のおひい様の態度はどうだろう。

 同じはぐらかすにしても、彼女の態度は真剣に向き合っているタケハヤにしてみれば不愉快と映るだろうし、彼女は彼女でこの話題に触れてほしくないのか、わたしの目には逃げているようにも映っていた。

 ――それでもタケハヤはそのことに気付いているのか粘り強く、そして淡々と彼女と会話を進めていた。


「いえ、何もおかしくはありません。それは確かにそなたの言う通りなのです。」

「はい。そうですわね。」


 謙遜しようともしないおひい様の強気な切り返しが、この決着した話題に異議を挟むことを許さないという強い意思を物語っているように見えた。

 しかしそれでもタケハヤは動じない。そして二人の会話はごく淡々と進んでゆく。


「そして、そなたにはそのような強さはない、とも。」

「ええ。申し上げた通りですわ。わたくしは一人では生きられませんもの。」

「では、我が提案は確と受け止められたと?」

「はい。ご提案通り、悩みがあれば誰かを頼ることにいたします。ご助言感謝いたしますわ、タケリビコ様。」


 ここで一旦会話が途切れていた。

 ここまではさっきやってたことの繰り返しだ。何も変わることのない遣り取りに、わたしは不安になりながらも続きを期待する。


「むう……。」


 しかしタケハヤは接ぐべき言葉に悩んでいるようだった。

 彼もまた、わたしと同じようにおひい様を助けたいという気持ちだけが先行してかけるべき言葉を持っていなかったのか、唸りだしたきり黙り込んでしまっていた。


「まだ何か?」


 おひい様がタケハヤの唸り声に次の言葉を尋ねている。

 しかしその態度もまた、見る者が見れば厄介払いをしているようにも映るだろう。言うこと言ったら早く去れ。と――つまりわたしの目にはそのように見えていた。


(それにしても頼りない。)


 わたしは残念に思っていた。

 せっかくタケハヤを信じてわたしの想いもあいつに託したというのに、あいつときたら何も言い出せずに渋い顔をしているばかり。これならば自分でおひい様を説得した方がいいだろうか。

 そんなことを考えながら彼の方を見たその時、不意にわたしとタケハヤの目が合っていた。

 彼はわたしに同意を求めるようにただこちらを見つめている。


(あ……そういう……。)


 わたしは考えをあらためた。

 彼の目は諦めていなければ、困ってもいない。別に彼はおひい様にかけるべき言葉を持っていないわけではなかった。

 おひい様を動揺させないように、頑なにさせないように言葉を選んでいたから、言うべきことを言えずにいただけなのだ。

 でもこのままではおひい様を説得できないから、どんなことを言ってもよいかとわたしに確認を求めていたのだ。

 そういうことなら――わたしはただ彼に向かって頷いていた。するとタケハヤは我が意を得たのか強気な笑顔を見せたかと思うと、おひい様に向かって強く声を張り上げていた。


「――そうではないのだ!姫君!悩み事があれば?ではそなた、悩みがなければ人を頼られぬのか。」

「ええ?それはあなたが仰られたことでは――」

「ああ。その通りだ。その通りだが違うのだ。()()が言いたいのはそんなことではないのだ。」


 突然強く出たタケハヤの態度におひい様が慌てていた。

 タケハヤは自分のことを「わし」と表現するほどに外面をかなぐり捨てて本気でおひい様に詰め寄っている。そして彼女が久しぶりに見せた本物の人間らしさが、まだ手遅れになってはいないことをわたしに予感させる。


「では何を……。」

「もういい。はっきり言おう。」


 これ以上の問答はムダ。そう言ったタケハヤはもう一度だけわたしのほうをちらりとだけ見た。

 同意はもう済んでいる。だからわたしは何も言わないし、何も返さない。――わたしたちの間にはもう確認の合図は必要なかったのだ。

 そして次の瞬間、タケハヤはすべてを見通すような澄み渡った視線でおひい様の両の瞳を射抜いてはっきりと告げた。


「そなた……もはや生きるために悩むことを諦め、自ら死ぬことを選ぼうとはしておられぬか。」

「っ!」


 タケハヤの言葉に息を詰まらせるおひい様。彼の言葉を聞いたおひい様は今日一番、いやわたしが知る限りで一番の動揺を見せていた。


「……やはりか……。」

「……い、いいえ。何を仰られるのです。……それは……何の……ことでしょう……。」


 タケハヤは確信していた。わたしも黙って確信していた。

 わたしたちの確信をしどろもどろになりながら否定するのはおひい様。

 しかしわたしたちの確信を否定するべく紡ぎ出したおひい様のその言葉も、残念ながら目が泳いでいては説得力に欠くというもの。

 彼女はどうしても見るべき相手を定められないようで、彼女の目はわたしとタケハヤの間を行ったり来たりしている。


(それはそう。)


 わたしはそれも無理もないこと。と思っていた。

 隠し通していたはずの誰にも知られてはいけない自分の想いが見透かされていたのだから。それがお見通しだったと知って、更には嘘をついてまでまだ隠そうとするあまりわたしたちの目を見て話せないのだ。


白化(しらば)くれなさるな。様子がおかしいことに気付かぬ()()()ではないのだ。」


 情熱から冷静に切り替わっていたタケハヤがおひい様の逃げ道を塞ぎにかかっていた。

 この期に及んでまだ言い逃れされてはたまらない。おひい様の見せた動揺のあまりの激しさに少しかわいそうな気もしたが、わたしは黙って彼のするに任せている。


「いや。わたしだけではない。彼女とてそなたの異変には気付いているのです。」

「あの……はい……。おひい様……それは、本当に?」


 急に話を振られたことで思うように言葉が出て来なかった。

 出来れば嘘であって欲しい。自分から死にに行くなんてあっていいはずがない。わたしでよければ助けに。――

 出てきた言葉は少し不格好ではあったけれど、わたしはただ偏におひい様への思慕の情を込めてに尋ねていた。

 そうして全員が黙ったきり時間だけが過ぎて行き――最初に聞かれたのはおひい様の白状の言葉だった。


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