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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第十一章 命の絆
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第108節 繰り言 焦燥の歩み

 奴への不平不満はさておき――馬子のヒラタは人よりもむしろ馬こそ大事とする男で、更には不要な言を避けたがる向きがあるのは確かだった。

 僚友であるモリヤは、そんな奴を評して「もう少し言葉を覚えるべき。」だと言う。


――薬草です。本来は馬に与えるものなのですが、傷薬としても使えますし香りもよいです。燻すなり擦り込むなりしてください。――


 だがわしは、奴が時としてよく喋ることを知っている。ヒラタがいかに人間嫌いとは言えモリヤの言う通り言葉を知らないと言う程ではないだろう。

 しかし、今のモリヤの証言にいささかの誇張もないのであれば、これは今後のためにもヒラタの奴を厳しく矯正(ただ)してやらねばなるまい。

 ふと見れば足元にそのヒラタから渡された薬草袋と、決戦の中で砕けたらしいわしの面が転がっていた。


「それで、そのヒラタはどうした?」


 わしはもはや用を成しそうにもない面はその場に捨て置き、今となっては無用の物となった薬草袋だけを拾うと何の気なしにモリヤに放り投げながら尋ねた。

 モリヤの話を聞く限りでは、どうやらこやつ自らが兵舎を押さえる指揮も執ったようだ。ではヒラタの奴は兵舎を押さえることも、この場に姿を見せることもせずに一体どこで何をしているのか。


「女とよろしくやっているのでは。」


 放り投げられた袋を容易く片手で受け取っていたモリヤは憮然として答えた。


「何?」


 わしはまたしても渋い顔をして見せた。

 先ほどからどうにもわしの予想を外した言葉ばかりを聞かされている。


「ですから、女とよろしくやっているのでは。」

「どういうことか。」


 わしはどうやら聞き間違いではなかったことに驚きながら、もっと細かいところまで詳らかにせよと問い質した。


「オレが柵に入ってからすぐ、奴と顔を合わせた時奴は櫓の近くで倒れていた女にご執心だったのです。ですから、あの馬子野郎は今頃その女とそれなりのことに励んでいるのではと言ったのです。」

「何っ!それはまことか!」


 わしは、モリヤのその言葉に脾腹が痛むのも忘れて声を荒げて聞き返した。


(女が倒れていただと!)


 その言葉に我が心が激しく揺さぶられている。

 まさか、「ひいの君」の身に何かあったのでは。


「あ、はい。おのれの任を放り出して女に掛かりきるとは、まさか馬野郎があれほど女に意地汚い奴だとは思いませんでしたね。」


 わしの号声をヒラタへの憤慨と勘違いしたのか、モリヤはここぞとばかりに馬子野郎の怠慢と色情を罵り、しまいには馬子野郎から馬野郎にその呼び名を変えていた。


「それでどうしたのだ!」


 気が付けばわしはモリヤの肩に掴みかかって奴をゆさゆさと揺すっていた。

 わしが聞きたいのはヒラタの悪口などではない。そんなことは別の機会であればいくらでも聞いてやる。


「は?いえ、ですから馬野郎は女とするのに忙しく、自分の任を果たす気はないようだと――」

「ち、違う!おな……わしが知りたいのは女子(おなご)の方で――」


 慌てれば慌てるほど言葉が正しく出て来なくなっていた。

 これほどまでにこのわしが余裕を失ったのは果たしていつ以来だろうか。

 言葉を順序良く紡ぐことすら難しくなるほどにわしは慌て、浮足立っていた。


「え?……ああ、そうですね。オレもそんなにはっきり見たわけではありませんが、たしか目立ったのは暗色の(はかま)に罪人頭……。」


 暗色の褌。罪人頭。

 そう言われて「ひいの君」の頭の形と照らし合わせてみて、わしは愕然とした。

 いくらなんでも酷い言い草だったが、確かに今の彼女のバッサリとやられたままの髪は罪人のそれその物だった。

 そして暗色の褌。姫君の下女たちに共通した衣装は緋色の褌であるが、この暗い夜中のことではそう見えたとしてもおかしなことではない。

 その倒れていた女子とは彼女のことと見て間違いない。やはり彼女の身に何かあったのだ。


(こうしてはいられん!)


 わしはもう居ても立ってもいられなくなり、たまらず彼女の元へと向かいだしていた。


「まさか罪人が好みとは馬野郎も変わって――どこへ行くのです。」

「君の元じゃ。急がねばならぬ。」


 そんなわしに気が付いたモリヤは悪口を中断してわしを呼び止めたが、わしは歩みを止めることなく答えていた。


「君?」


 それだけでは何ことだか分からないモリヤが聞き返していた。

 しかし、わしはそのことに答えるような余裕もひたすら持たず歩みを進める。


「いや、しかし――」


 今、どうしたって難しいこの機会に大将が席を外すことを懸念しているらしいモリヤが再び声を上げた。

 わしはそんな奴の言葉を遮って指示を出していた。


「貴様は民衆に混乱が起きぬようしっかり御しておけ。」


 民の手前でもあるため「混乱」と表現したが、実際に恐れるべきは「暴動」だった。

 この場にいるすべての者が蜂起すれば、どれだけ精強であろうが数の上で不利の我らは踏み潰されるだろう。

 しかし、こやつならば暴動に発展させることなく民を御せるであろうことは、たった今まで見せていた民衆の抑え様で分かっていることでもあった。

 だからわしは何の懸念も示さずに続けた。


「これよりはわしが戻るまで何人たりとも宮殿区から外に出すな。よいな。」


 まだ仕上げの一手が済んでいないのだ。それが成ればクマの民はすべからく我がクニの支配を受け入れるはず。

 その一手を打つためには、まだ彼らを帰してしまうわけにはいかなかった。

 ――それにしてももどかしい。なぜ我が歩みはこれほどに遅々として進まぬのだ。


「民は丁寧に扱えよ。」

「民に求められることにはなるべく応じてやれ。」

「そこな姫君は特に丁重に扱え。」


 おのれの歩みの遅さに焦れったくなっていたわしは、だんだん歩みを速めながら思いつくままに指示を出し続けた。

 矢継ぎ早に繰り出される指示を受け続けるモリヤの応答も聞かずに、それでも構わずこの場から遠ざかってゆく。


「クマ兵から目を離すなよ。」


 結局、すぐ戻るとは言わなかった。

 言えばモリヤは安心しただろうが、場合によっては「ひいの君」への対処が長引くことを懸念していたわしはさすがにそれを簡単に言う気にはなれなかった。

 そして、その言葉を最後についに我慢できなくなったわしは「ひいの君」の元へと駆け出していた。


(君よ。どうか無事で……。)


 どうか、どうか……。と、その願いが何者かに聞き届けられ、君が無事であることを祈りながら。


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