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Blue Gradation  作者: 巡


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6

 店のドアベルと藍の声の周波数は多分とても近い。

Blue Gradation、一周年記念日のその日、「おはよう」とドアを開けた藍の声はドアベルの「からんころんからん」という音にすっかり飲まれた。

「すごいよ。外、開店待ちの人いる」

嬉しそうに言いながら上着を脱ぐ藍に、紺が少し怪訝そうな顔をする。

「え、シャツそっち?わざわざ朝『ふたりどっち着る?』って聞いてきたから合わせるんだと思った」

「や。店のコンセプト的には、これが正解だからね。わざわざグラデーションでオリジナルTシャツ作ったのに、君らいつもお揃いで着ちゃうから」

あからさまに耳を赤くする紺に

「いいんだよ。仲良きことは美しきかな。お揃でモチベ上がるなら、それでよし。でも今日は周年記念だし、もう一人いるなら、そこでグラデーション出してけばいいじゃん」

藍はてきぱきとギャルソンエプロンを腰に巻くと、テーブルを拭き始めた。

 普段の朝のルーティンでは、青が掃除をする間、紺がメニューの下ごしらえや焙煎をするのだが、その一角を藍がスルっと担い、いつもより多めの下ごしらえを、自然と青が手伝うカタチになる。


 高校生の頃、紺と藍が同じ喫茶店でアルバイトをしていた時期があった。

青の通う高校はアルバイト禁止だったので、その時も少しの疎外感と渋々折り合いをつけ、客として行ったことがあったが、この阿吽の呼吸の感じにいたたまれず、ほんの数えるくらいしか顔を出さなかった。

 藍は、いつもその場の空気にするりと馴染む。

「まごのて」という道具がある。背中の真ん中辺、自分の手がちょうど届かない辺りが痒い時、その小さな手のような形の道具で自分の手を延長し、「そこ」に至れるという、画期的発明品だ。藍は、その「まごのて」みたいに、「ほんのちょっと」届かないところをスルっと補完してしまうのだ。それも恐らく無意識に。

 問題は、それはされた方にとっては、この上なく心地良く、部外者の位置から見ると、その気がなくても嫉妬心を煽られることだ。

 青は、文化祭実行委員のナンチャラ君や、バドミントンのダブルスを組んだナニガシ先輩を少し気の毒に思うことがある。「恋愛感情」というものを、なにか得体の知れない妖怪のように怯え嫌う藍の100%の味方と自負していてさえ、彼らが藍に恋心を抱いてしまったのは、そういう藍が隣にいるときの心地良さが原因だと理解できてしまうからだ。


 紺こだわりの150cm幅の鉄板が感じられるほど、同時進行でいくつものメニューが調理されていく。店内に控えめに流れるBGMを適度に凌駕する「じゅうじゅう」という焼き音と、美味しそうな香りが追加オーダーを誘う。

「今、鉄板、油が馴染んでめっちゃいい状態っす。少しくらい待つ価値ありますよぉ」

と調子良くオーダーをとり続ける青と、ひぃひぃ言いながらも楽しそうにパティを焼き、コーヒーを淹れる紺のパフォーマンスは上々だ。影武者のように開いた皿を下げて洗い物をしつつ、レジでお客様を待たせない藍の働きがパズルのピースのようにぴたりと嵌っている空間が客にも心地良い。

「ごちそうさまでした。一周年おめでとう」

「おめでとうございます。今年も通いますね」

お会計時に一言添えてくれるお客様が多いことが3人を何よりハッピーな気分にさせた。


 「とはいえ、疲れたねーーー」

無事閉店した後、へたりこんで藍が言った。

「てか、言い忘れてたけど、ほんと一周年おめでとう!」

その瞬間、店の明かりが全て消え

「ちゃんちゃちゃんちゃんちゃんちゃ~ん!」

「ハッピバースデー、トゥー、ユー、ハッピバースデー、トゥー、ユー」

青の唐突な前奏を合図に、キッチンから紺がろうそくを立てた誕生日ケーキを抱えて登場した。

「うっわ!やられたぁ」

 

 「こんな良い感じにお祝いされてもさぁ、私、誕生日毎年こうやって使い倒されるわけ?」

藍はぶつぶつ言いながら、厚切りのフライドポテトを口に運ぶ。 

あの忙しさの中、いつの間に用意したのか、閉店後の宴のためにも、紺が腕を振るっていた。

「いや。ガチ助かった。ほんっとありがとう!」

「こんな愛され店に育ったのも、藍が面倒臭いこだわりを貫いてくれたお陰もある。感謝してる」

ふたり揃って頭を下げる。

「ちがう。ちがう。それは良い!この店はすっごく良い!でも、なんで開店記念日が私の誕生日なのよ。去年も開店初日手伝わされて、これ恒例になっちゃうじゃん!って言ってるの」

「それはゴールデンウィークなんかに生まれた藍が悪いだろ」

ふざけた調子で言ったものの、そこは敢えて藍の誕生日にぶつけたのだ。3人という幼馴染の中でカップルが誕生した不均衡で、この関係を壊したくなかった。

 いや「壊したくない」と、紺は思っているはずで、それに最大限応えたい青の誠意だった。

 いや、藍がいてくれることこそが、紺と青の関係を「永遠」にする、そんな気がするからだ。

 いや、やっぱり3人のこの空気感が最高に好きだからだ。

 いろんな気持ちが、心地良い疲れと、少し飲んだワインに溶けてふわふわぐるぐるしていた。


昔話の表現で、戸を叩く音を「ほとほと」と表現することがあるが、どうやったらそんな音になるのだろうと藍は疑問に思っていたことがある。ノックの音なら「コンコンコン」だし、ドラマで見るような「開けてくれー!」なら「ガンガンガン」だ。

 閉店した店の戸が「ほとほと」としか表現しようのない音を立てていた。施錠はしたが、中で打ち上げ兼バースデーパーティーをしていたせいで漏れていた灯りを頼りに試しに訪ねてみたというような、「ほとほと」という音は、そんな少し遠慮を含んだ音だった。

 「ん?」と青が席を立った。

「あれ、縹さん!すいません、もう店閉めちゃってて」

「いや。ごめん。閉店時間過ぎてるのは解ってたんだけど、もし中に人居るなら、これだけ渡したくて」

「え!え!えーー?」

受け取った包みを開けて青のテンションが爆上がりしている。

「藍、藍藍藍、ちっと来い。見ろこれ」

レジ台にざざんと置かれていたのは、歴代レンジャーのブルーばかり6体のフィギアだった。それも2頭身のちんちくりん感が絶妙にとぼけていて可愛らしい。

「ちょうど中古サイトで見つけちゃって。周年記念て聞いてたから、どうしても今日渡したくて。時間内に来たかったんだけど。遅くにごめんね~」

「とんでもないっす。ありがとうございます!紺~、この店やっぱ藍のコンセプトにどんどん食われるよ」

「あれ?幼馴染の、藍色のって・・・女性だったの?」

鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている「縹さん」に、藍は自己紹介をした。確か最初に名刺を置いていった、どこかの会社の社長だ。

 「なんか、失礼しました。椅子をヤスリでとかって話を聞いてたし、バレーボール選手にもいるし、青君も紺君も男だし。いや、なんだろう。勝手に男だって決めつけてました。すみません」

固辞する縹さんに、「せめてテイクアウトのコーヒーを」と紺がコーヒーを淹れるのを待ちながら、縹は頭を掻いて大袈裟に頭を下げた。

「いえいえ。全然」

外見で性別を勘違いされた訳でもなし、特に謝罪には及ばない。自分で会社を切り盛りする人は、こういう「コミュ力」みたいなものが肥大するのだろうか・・・と、ぼんやりと考えながら、それぞれのレンジャーを配置する場所を考えていた。


 「致命的にコミュ力足りない藍にコールセンター勤まるの?」

会社を辞めて今の仕事に就いた時、やたら心配した青に言われた事を思い出した。

 今までの人生で「コミュ力不足」と言われたのは、後にも先にもその時だけだ。そりゃあ人見知りはするし、無駄に愛想の良い方ではない自覚はあるが、社会生活を営むのに必要なコミュニケーションは、そつなくこなしてきた。

 青が意地悪で言ったのではないことは解っていた。こと藍に対しては過保護になりがちな青が「一日中苦情に晒される」のは精神衛生上良くないのではないかと、あれこれ難癖をつけたのだった。

コールセンターという仕事には大した思い入れなく就職したが、青が心配するほど悪意ある客ばかりではないし、その悪意的なものに当たった時にも「自分事」としては捉えず、適度な距離感を持ちながら淡々と仕事をこなせる自分は、意外にこの仕事に適性があったのかもしれないと感じている。

ただ、仕事で用いている「コミュニケーション能力」と、この縹のような「コミュ力」とは別物で、確かに自分には「それ」が足りないのは、青の言う通りかもしれないと、縹の大仰な振る舞いを見てようやく思い至った。確かに、このような「コミュ力」は誰かの懐に入るには有用だろう。


「あれ?しかも、お誕生日?重ね重ね、おめでとうございます。え?てことは、藍さん、どちらかの彼女さん?」

紺が用意したバースデーケーキには「HappyBirthday! AI」とチョコペンデコレーションが添えられていた。

開店記念日が誕生日だ。

そんな誤解はするかもしれない。

でも。

「コミュ力」の高いらしい縹は、店内が一瞬深海の底ように、しん、としたのを多分感じただろう。

「そんなんじゃないですよ」と青からテイクアウト用のコーヒーを手渡され、「あったかいうちに飲んでくださいね」と言う紺の声に追われるように、長居することなく帰っていった。


 先程までの華やいだ空気とは打って変わったテーブルに、6体のとぼけたレンジャーが転がっている。

「なんか、ああゆう時、困るよなぁ。『いや、付き合ってるの俺らです』って言いそうになったわ」

青が敢えて愉快な調子で言うのを、紺が痛々しそうに見つめた。

アウティングで傷ついた経験のある青は、紺に断りなくそんな不用意なことは絶対にしない。

 ケーキを切り分けず、3人で、それぞれの方からフォークで直にがすがす崩しながら食べた。陣取り合戦のように3人が無言でケーキを貪る様は、もしも人が見ていたらやけくその喧嘩のようだったかもしれない。

ホールがきれいになくなった時、思わず「ぷっ」と3人揃って吹き出した。

「なんか色々、どーでもいーな。今日はめでたいっ。藍、責任持ってそのフィギア飾れよ」

一周回って快晴の青空の様な声で青が言い、紺が「うん、うん」と頷いた。


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