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Blue Gradation  作者: 巡


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5/26

5

 海の公園の側に引越してきてから、藍はほぼ毎朝浜辺を散歩している。

いや、正しくは毎日海を散歩する生活がしたくて、この町に引越してきた。

これまでの人生で「海」は、わざわざ出かけて行く「特別な場所」だった。子どもの頃は、それこそ家族ぐるみの付き合いだった紺や青や親たちと一緒にキャンプをしたし、大人になってからもドライブ等、程良い距離にあって「訪れる場所」だった。

 藍は海に出掛けるのが、この上なく好きで、なにかにつけて、「どこ行く?」という話になると決まって「海」を選択してきた。

 在宅で仕事を始めて1年ほど経った頃、通勤が無いのなら、いっそ海の近くに住めば良いのだと、ふと思いついた。首都圏のベッドダウンにある実家から、都心を挟んで全くの反対側となるこの町に決めたのは「海の公園」という駅名が気に入ったからだった。

「縁もゆかりも土地勘もない場所に、なんで住もうと思うかな」

と、文句を言いながら、二度の内見に付き添ってくれたのは青だった。

ちょうど大手商社を退職したばかりの青は、持て余していた時間と力をフル活用して藍の引っ越しをサポートした。

本人は「藍に引き続き、こちらも恋愛沙汰ですわ」と、ふざけた調子で言っていたが、紺からは「いわゆるアウティング」だったと聞いている。意外に繊細で脆いところのある青が「闇落ち」する暇がないように、「出来るだけ、こき使ってやって」と紺に頼まれたのを良い事に、物件探しから実際の引越し作業まで、全てを一任したため、「普段の買い物はこのスーパー」「休みの日のまとめ買いはこっち」と生活全般に渡るまで、青の方が町の事情に詳しくなっていた。

だから、2人が店を出す時、自然な流れで「海の公園」の側になり、子どもの頃と同じくらいの距離感に3人揃って暮らすことになった。…と、藍は思っていた。


 海は、毎日見ても、毎日違う。色も、波も、空も、風も。

「おはよう」

と、昨日に引き続き今朝、声を掛けてきたのは、紺だった。

「わ。なんなの?デジャヴ?日替わりなの?君たち」

藍が笑いながら振り向くと、昨日の青のしぐさを焼き直したように、紺がBlue Gradationのロゴの入った紙袋から、カサコソと乾いた音を立てて持ち帰り用紙カップのコーヒーをひとつ藍に手渡した。

「なんか、昨日、不味いコーヒー飲ませちゃったからって。青が」

「ありがと」

紺が淹れたであろう今朝のコーヒーは、確かに昨日のとは比べ物にならないほど美味しい。

「いつも言ってるけど、私カフェラテ派だから。淹れ直してもらう程ダメージ受けてないよ」

「でも、美味いでしょ」

「うん。それは認める。さすが地域の名店」

素直に褒めると、紺は嬉しそうに笑って海を見た。

「海、いいね」


「2人で店を出すって決めた時、俺、ほとんどプロポーズのつもりだったんだよ」

紺が海を見たまま、独り言のように言った。

「男同士ってさ、『結婚』みたいな制度に乗っかれないから、独自の何かが必要で。…青の不安な気持ちって、どうしてやったらいいんだろうな」

「紺てさ、いつ青のこと好きになったの?」

「え?」

「いや、青はさ、小ちゃい頃から紺が好きだったの知ってたけど、紺の気持ちは気付かなかったなと思ってさ」

「藍が社会人バドで忙しくしてた時に、俺、失恋したじゃん」

いつもは、紺から「付き合った」「別れた」と報告がある度に3人で集まって、お祝いをしたり、慰め会をしたりするのだが、その時、藍は多忙で参加できなかった。

「その時にさ、青が『もういっそ、俺と試してみる?』って、ふざけて」

ふざけた口調ではあったものの、その声がわずかに震えていて、長い付き合いの紺には、そこに「本気」が含まれているのが感じられてしまい、笑い飛ばすことが出来なかったのだが、そのことは藍には言えなかった。

「試してみたら、意外とアリで」

「身体からかよ。世のBL好き腐女子が泣くわ」

「結構大事だからな。そこ。藍には解んないかもしれないけど」

おそらく最初で最後の覚悟だった青の、痛いほどの切実さに「ほだされた」と言ってしまえば簡単だけど、それまでだって大切な存在だったのは間違いなく、それが別のなにかにするりと横滑りした感覚を上手く説明することは、多分一生できない。

ぷーんとむくれた藍の横顔を覗き込んで、小さい子どもにするように「よしよし」としてやる。

「紺てさ、今、青とこうなってなかったとして。私がアセクだけども、どうしても結婚しなきゃなんない事情があって、『お願い』って真剣に頼んだら、結婚してくれちゃいそうじゃん?」

「あー」

藍だって大切な存在には違いない。事情によっては、あり得ないこともないかもしれない。

「それをさ、『そのくらいには大切にされてる』ってポジティブにとるか、『それは愛じゃなくて優しさ』って悲しくなっちゃうかなんだと思うんだよ」

「あー」

思い当たり過ぎて間抜けな返事になってしまう。今まで別れた恋人達は皆、そんな事を言って去っていった。

「あー、あー、ってさ。紺が色々、言葉にするの得意じゃないって知ってるけどさ。想いがどんなに本物でも、切実でも、崇高でも、届けなければ、相手にとっては『無い』のと一緒だからね。一世一代のプロポーズか知んないけど、その後もマメにお水あげないと枯れちゃうよ」

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