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レジ台に青い透明な塩ビシートが敷かれ、その下に自分の名刺が挟まれているのを見付けて、先日の客「縹 伸弥」が、はっと顔を上げると、待ち構えていたように青が言った。
「あの後、同じように名刺を下さるお客さんがいて、せっかくならこうして、飾ったら良いんじゃないかって、例の幼馴染が。ご迷惑なら仕舞いますけど、良いっすかね?」
「いや、嬉しいです。なんだか『仲間』って感じで。意外といるもんですねぇ」
青田、浅葱、あおい、、、
「やっぱ青勢が優勢ですね」
何故か得意げな青に、少し笑いながら
「無色じゃなくて青いシートってところが素敵です」
ばらばらな名刺が同じ青のトーンで落ち着いて見える。
「それも、そいつのこだわりなんです。誰の店だって感じなんすけど。縹色の所の壁に縹さんの名刺貼ろうかって言ったら、センスないって激怒されて。自腹で買ってきたんで文句言わずに使ってます」
「ははは。アイディアマンなんですね」
「歴代戦隊レンジャーのブルーのフィギア?それも2頭身のを集めて飾ろうとか勝手なこと言ってます」
「面白い人だなぁ。会ってみたいな」
「あ。来週開店1周年なんで是非来てください。多分そいつも手伝いで来ます」
周年イベントと言っても、焼き菓子をサービスする程度だが、「店舗経営と円満夫婦はイベントが大事」と言う藍の即席名言に乗っかって作ったチラシを縹にも手渡した。
約1キロある海の公園の砂浜は、4月も後半というのに海風はまだ冷たい。ウィンドブレーカーのフードを被って藍が言った。
「海眺めてるときって、どこ見てる?」
「え?」
「私さぁ、この波がざばって割れる瞬間のとこ。このギリギリまで盛り上がった時にね、多分水面と自分の角度が直角になるところが、凄っい透明になるの。それを何度も何度も見ちゃう。『海』って一言で言っても凄い広いじゃん。皆どこ見てるのかな?って思って」
「あ、ホントだ。面白い、今まで気付かなかった」
紺と青が波打ち際に寄って波の盛り上がりが自分と直角になる点を見つめながら感心した。
「俺は波が出来始めの所から追い掛ける。こいつは有望だぞってやつが意外と引き波にやられて拍子抜けだったり、思いがけないやつが結構派手に砕けたり、凄い遠くまで到達したり。どれが凄いとか、勝ち負けの基準解んないんだけど、色々で飽きない」
「そういえば、紺て、子どもの頃から、雪とか雨とかも、そうやって追ってたよね」
「そうだった。そうだった。めっちゃ覚えてる。窓んところで凄い真剣に外睨んでて、『どーした?』って聞いたら、『こうやって追いかけると雪がふあんふあんて見えて面白い』って。変わんねえな」
「そうだっけ?青は?」
「俺、なんだろ。面」
「面?」
「なんか普段、こんな大きい面て無いじゃん?その『平ら!』な感じが、凄い圧倒される。小ちゃくキラキラしたりしてて、平らじゃないかもだけど、『うを~面だなぁ』って圧倒されるのが気持ちいい」
「なんか、よくわかんないけど、青らしい」
藍が笑っていると、それぞれの見方を試していたらしい紺が言った。
「よく見ると、藍の言う砕ける所ってさ、一瞬アイスブルーになんない?やっぱ海水って青いのかな」
「やっぱ?それ私も思ってた」
「なんだよアイスブルーって」
「氷河の青。氷河の分厚い氷ってさ、うっすら青味がかってるんだって」
「そう。そう。高校の地学の授業かなんかで担任が言ってたんだよね」
「うわ~。同級生マウント。くっそ疎外感~」
「なんだよ。それ」
ぶすっと海の方を向き、膝を抱えて座り込んだ青の頭をくしゃくしゃとして、紺が笑いながらその顔を覗き込んだ。
「幼稚園の組も俺だけ別だったし。高校も2人同じクラスだったし、そこ俺まじカサブタなんだよ。名前だって、俺だけ名字呼びじゃん?昔は2人ともリンとかリンタローとか呼んでた」
確かに、小学校低学年の時にクラスの皆が青島を縮めて「あお」と呼び出し、いつの間にかそれが定着したのだった。
「え。下の名前で呼ばれたいの?」
「いや。青がいい」
タイミング悪く大きな波が打ち寄せ、座り込んでいた青だけが逃げ遅れてズボンの裾を濡らした。大笑いする2人に更に腹を立て、青はやけくそに手足をバタバタさせた。
「もー、いーよ、いーよ。紺と藍が結婚して、娘に瑠璃って名前付けて、Blue Gradationやればいいんだ」
「うっわ。面倒くさ。紺よくこんなのと付き合ってるね」
紺は笑いながら、青のズボンの裾を絞ってやっている。
「そんなことやってると、いつか振られるよ」
一瞬気まずそうな顔をした青の頭を、紺がまたくしゃくしゃする。
「大丈夫だよ。藍、あんま青をいじめんな。」
「紺は、いっつも青に甘いんだから」
やれやれと藍が言うと、勝ち誇ったように青が紺の肩を組んだ。
「恋人は俺だかんな」
海のキラキラを眺めながら、
「これを毎日眺められるのって、やっぱいいよな」
と誰ともなく呟いた。
海の公園には朝から、まあまあ人がいる。ジョギングする人、犬の散歩をする人、浜辺のごみを拾う人…。その中に青いマキシ丈のスカートを靡かせて藍が歩いているのを、青はすぐに見つけた。朝の水面がキラキラして、逆光に溶けてしまいそうだ。
「おはよう」
近づいて声を掛けると、藍は少し驚いた顔をした。
「わ。おはよ。青、早起きじゃん」
「なんか目ぇ覚めて。この時間なら藍いるかもと思って」
Blue Gradationのロゴの入った紙袋から、カサコソと乾いた音を立てて、持ち帰り用の紙カップコーヒーをひとつ藍に手渡す。
「わ。ありがと。いい香り」
「藍の感嘆詞ってさ、『わ』だよな」
「なにそれ」
淹れたてのコーヒーを一口ゆっくり味わって藍が聞き返した。
「や、俺たちが付き合った報告した時もさ、『え』とか『うそ』じゃなくて、『わ』だったの、なんか凄くほっとしたんだよ」
「ほっとした?」
「そう。やっぱさ、男同士だから俺たち。色々複雑な反応されるの覚悟してたんだけど、『わ』にはネガティブな要素ないじゃん」
「ネガティブな要素は、そりゃあないよ」
「みんなが、藍みたいじゃないからさ」
運動靴を脱いで、揃えて並べ、青はその上に腰を下ろし
「昨日、ごめん」
と、小さな声で呟いた。
「うん。あれは酷かった。なんかあった?娘の名前まで考えてくれるとは思わなかったよ」
「ごめんて。男同士ってさ、色々デリケートなんだよ」
付き合って3年、30歳になるのを機に、二人は店をオープンした。
「藍、こーゆー話、好きじゃないの知ってるから拒否権発動していいからな。予め言っとく」
「なに?怖いんだけど」
「藍はさ、男とやったことある?」
「は?なにそれ、普通にセクハラだよ」
「拒否権発動する?」
「いや。別に。あるよ。・・・もうしないけど」
「そうなんだ。女とは?」
「ないねえ」
青は、自分が淹れたコーヒーを一口飲んで、不味そうに紙袋に戻してしまった。
「俺たちさ、男女のカップルだったら結婚するタイミングで店出したんだよ」
「うん」
「最初、紺がさ、公正証書作ろうかって言ったの」
「公正証書?」
「そう。男同士は結婚できないからさ、まぁ、結婚で得られる権利?的なものをお互いに認めてますよってゆう証明書みたいなもの」
「へぇ」
「幼馴染って、こーゆー時やっかいってゆーかさ。紺て、俺と付き合う前、彼女とかいたじゃん」
「いたねえ。紺、割とモテたしね」
青と藍は、多分、紺の歴代彼女を知っている。そんな約束を取り交わした覚えはないのだが、紺は幼馴染のグループラインに彼女が出来る度、別れる度に一報入れていたからだ。青も藍も、そんなことは一度もしていないのに、紺だけが何故か律義に毎回報告をした。
「紺は、本当は女が好きなのに、俺のために無理して一緒に居てくれるのかなって、いつもどっか不安で」
「ちょっと待った。ちょっと待った」
青は待たずに続ける。待ったが入ることなんか承知で話してるんだぞ、という顔をする。
「紺は、俺が不安なの察しちゃってて、そうやって、『公正証書つくる?』みたいな、プロポーズ的なことを言ったり、したり、してくれちゃうんだよ」
「それは、紺がちゃんと青を想ってるからでしょうよ」
「でもさ、紺が男を好きなんて、俺と付き合うまで、藍、思ったことある?」
「あのさぁ、気に障ったら、ごめんだけど。男が恋愛対象で、その中から、男だから、青が選ばれるのとね?青だから、好きになって。そこに性別とかが関係ないとしたら、どっちがいいよ?」
青は、まじまじと藍を見た。
「藍のそーゆー、めっちゃポジティブなとこ、ほんと惚れるわ」
「いや。ポジティブとか、そーゆーんじゃなく。小ちゃい時から、青が紺を大好きなの見てきたから。それは性的志向とか、そうゆうのが目覚める、うんと前からじゃん。その後、男と付き合ってきたのだって、紺が初恋相手だっだから、かもしれないじゃん。知らんけど」
「知らんけどって言うな。せっかく救われたのに」
青は笑いながら砂を一掴み投げる。風が一瞬にして砂を攫っていく。
「持つべきものは、やっぱアセクの幼馴染だな。恋愛に対する見方がフラットだよ」
「いや、それこそ知らんけど」
藍も笑った。
「セクハラ返しで聞くけど、青って友達も多いじゃん?同性の中に友情と愛情とがある状況で、どうやってそれを見分けるの?」
「勃つか、勃たないか」
藍は飲み終えたカップを青に手渡し、それから、その背中に蹴りを入れ、すたすたと朝の散歩に戻った。




