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海辺のカフェには2種類の人間がいる。
海にはしゃぐ人間と、海にくつろぐ人間。後者はだいたい地元の人で、縹は圧倒的に後者だ。
砂浜に夏だけ建てられるライフセーバーの拠点の監視小屋が解体されると、海にくつろぐ種類の人間たちの生体エネルギーみたいなものが、ほんの少し活発になるのを感じる。海が、自分たちのテリトリーに戻ってきた「安心感」みたいなものを纏っている気がする。
縹は、ファッションに疎い紺が見ても上質と分かるリネンのシャツをサラッと着こなして、窓辺の席でコーヒーを飲んている。青に「縹さんはイケオジ」と言ったのは、嘘ではない。藍やレンに、コテンパンにやられている姿を知らなければ、あんな大人になりたいと思わせる風格がある。
「げ、縹さん、そんなアプリ入れてるの?やば」
青が、お冷のおかわりを注ぎながら、遠慮なく言う。
「あのおっさん」呼ばわりしていた割に、最近二人は仲が良い。おそらく、根が陽キャで、いわゆる「属性」が近いのだろう。お客さんのタブレットを覗くようなことは、普段絶対にしない青だが、歳の離れた兄貴にダル絡みするように、ちょっかいを出しがちだ。
「仕事柄ね、トレンドは押さえておかなきゃなんだよ」
縹も、まんざらでもない様子で、いつも嬉しそうに相手をする。
「解ってないなぁ。トレンドなんて、こうやって情報になってる時点で、追いかけたって後手後手だからね」
青はトレイを持ったまま縹の向かいの席に座り込む。
「いい?流行りなんて記号なんだよ。ちょうどツガイを求めるお年頃の子達が、『同じジャンルです』ってバッジを付けて見分けるための記号。そのお年頃をターゲットにしてない大人は、むしろ『知りません』って、スンとしてた方がいい」
「ほう」
縹は、面白そうに青の持論を聞いている。
「むしろね、縹さんが時代を作ったら良いんだよ。過去にロールモデルのない、元気な中年世代。牽引してこーぜ」
「君の相方は、適当そうで、たまに鋭いことを言う」
「はい。だから俺は、インテリヤンキーって呼んでます」
海をバックにメニューの写真を撮ろうと言い出したのは、例によって藍だった。
今時、背景をそれっぽくすることは、いくらでもできるが、ものすごく湿度が低い快い晴れの日に、藍の休みと店休日が重なったので、ピクニックがてら3人で海に出た。
「とんびアタック絶対されないようにね!」
引っ越してすぐ、「海辺で優雅なランチ」のつもりが、口元の肉まんを、とんびに奪われ、ついでに頬にも負傷した経験のある藍が、必死に食べ物をシートで隠す。
青も紺もそれぞれ、とんびアタックは経験済みなので、ピクニック気分には浸りきれない。あいつらは、食べ物を奪うにあたって、その周りの障害物にダメージを与えることを厭わない。バスケットボールでドッチボールをして、顔面にぶつけられたくらいの衝撃を想像してもらうといい。
ビクビク警戒しながら、写真を撮ったが、言い出しっぺの藍が、早々に諦めた。
なにしろ、海の方へバーガーを持った手を突き出す行為は、とんびへ餌付けしているようなものだ。
ピーヒョロロロロ、と、頭上至近距離でとんびが旋回している。
「あー、もうダメだ!海のキラキラをバックに、ほぼシルエットみたいな感じで格好良く撮りたかったんだけどな。そうすると、美味しそう感が半減」
言うなり、バーガーにパクつく。
「藍、おま、確信犯だろ!」
青が、負けじとホットサンドを頬張った。
「食べながら、トムジェリするな」
「いーから、紺も食え。とにかく狙われるものを始末しよう」
「スリリングだけど、やっぱり海で食べると美味しいね」
ポットから3つの紙カップにコーヒーを入れる。
「今日はピクニック日和だしな」
「私、次引っ越す時は、水平線が見える海の側にしよう」
唐突に、藍が言った。
「え。藍、引っ越すの?」
「そりゃあね。賃貸だし、いつかはね」
盲点だった。
「どこでも生きていけるって分かったし。どうせなら、あちこちに住んでみたいじゃん?」
波が、控えめに、ささんっささんっ、と打ち寄せる。
「『久しぶり!ところで、今どこに住んでるの?』とか、聞かれる暮らし、ちょっと憧れる」
多分、青も想定外だったろう。打てば響くような切り返しはなく、ただ打ち寄せる波を睨んでいる。
三者三様、ただ静かに海を眺めていた。




