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Blue Gradation  作者: 巡


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19/26

19

 車に詳しくない藍でも、結構な高級車と解る縹の車で、海に行くのは3回目だった。

 どこに行く?と聞かれたら、反射で「海」と答える藍を、縹が最初に連れて行った海岸は、普段、藍が散歩する海の公園からは車で40分ほど離れた海岸だった。

「わ!水平線!そう言えば海の公園では見えない。わ!圧倒的波音!」

入江の中の更に入江である海の公園の砂浜とは、海の景色が全く違うことにはしゃぐ藍の姿に、「この海が気に入ったなら、おすすめの海岸がある」と、ドライブを重ねることになった。

 ビーチバレーを、そこそこ本格的にやっていたという縹は、海に詳しく、「あそこの海は砂がもう少し荒い」とか、「波がダイレクトに来る感じはあの海がおすすめ」「岩場もあるところなら、あそこ」と、幾つものビーチの表情について語り、藍を喜ばせた。


 最初こそ、よく知らない男性の車に同乗することに少しの緊張を感じていた藍だったが、海巡りのドライブは景色を眺めているだけで楽しく、特に会話をしなくても、時々思い出したように話しても、藍のペースに過不足なく合わせてくれる縹に心地よささえ感じていた。

 正直に言えば、「人として魅力がある」と言われたことは、藍の心の深い所で凍っていた所を少し溶かしつつあった。「女性だから」「恋愛対象として」という、藍にとっては「ヨコシマ」な評価とは別の、性愛を引き換えとしない自由な好意がこの世に存在したことを神様に感謝したい気持ちだった。


 「わー!」漫画の吹き出しでしか見たことがないような歓声と共に高校生の集団が浜辺を駆けてきた。部活帰りだろうか、もしくは体育祭や文化祭もこの時期にやる学校もある昨今、彼らの数時間前は知る由もないが、明らかにテンションが爆上がりなのは一目で見てとれた。

 男子のノリというのは一種普遍で、多分ジャングルでマンモスを追っていた時代も、はるか宇宙世紀のコロニーでも、この馬鹿騒ぎを経ずに大人になることは出来ない事情を抱えているのかと呆れる他ない。

 集団の中の一人が、あっという間に抱え上げられ、えっほえっほと波打ち際へ運ばれる。運び手の一人が、勝手知ったるという風に、担がれた男子のお尻のポケットからスマホを取り上げた直後に、本人はざぶ〜んと放り投げられた。

「わー!」

全身ずぶ濡れになった男子が、手に水かきでもついているのかというくらい、もの凄い水量の水をざざーっと全員に浴びせかける。そしてまた、ひとしきりの大笑い。

 ちゃんとスマホを避難させるあたり、この集団の絆と常習性に、見ている側も、ちょっと顔が綻ぶ。

 「海がない町の男子は、ああゆう馬鹿騒ぎを、どこでやるんだろう」

 縹が、男子の馬鹿騒ぎは自明のことのように、そう呟いた。


 「あの、これからも、こんな風に、たまに誘っても良いですか?」

「へ?」

改まって聞かれるとは思っていなかったので、少し慌てる。

「一度ドライブでもって、お願いしておいて、何度もお誘いしているので、きちんと、お伝えしておいた方が良いかと思って。もちろん下心も恋心もなしで。それでも僕にとって、藍さんは僕の新たなフェーズのミューズだと思っていて」

「新たなフェーズって。ミューズって」

大袈裟過ぎだろうと突っ込むと、縹は大真面目にかぶりをふった。

「いや。いや。本当に。僕ね、結構なドラマおたくで、多分毎クルー相当数のテレビドラマを観てきてるんだけれども。昔はね、どんなドラマでも、それこそお仕事ドラマでもなんっでも、そこに登場する男女は必ず最後結ばれたの。え、こないだまで戦ってたじゃんって二人でも。それが男と女なら。最高の関係性は恋人同士だったの。それが、ここ数年、急にくっつかなくなったんだよ。それも絶対意図的に。人と人との関係って、それだけじゃないよね、って急に言い出した。敢えて、別の人とくっつけたり、そもそも別に伴侶や恋人がいることになっていたり」

ちょっと不貞腐れたように砂を海に向かって投げる仕草が、少し青に似ている。

「ハシゴ外された感があってさ。え?今まで恋だ!愛だ!言ってたのに、急にそれ以外の関係が素敵だよね〜って言われてもって」

 

 「キャー!」と、またも漫画のふきだしでしか見たことのない声がして、振り向くと、とんびに口元のサンドウィッチを奪われたと思しき小さな女の子を、お母さんが抱きかかえていた。

 藍たちが「とんびアタック」と呼んでいるそれを、最初にやられた時は結構ショックだった。まぁまぁな質量のそれは、手元の食べ物を奪うに当たって、その近くにある顔にダメージを与えることにも躊躇ない。以来、とんびは獣と認識を改めて、特に食べ物を持っている時には警戒をするようになった。

 「ギャラ飲みって解ります?」

話が変わったのか?と思いつつ、答える。

「まあ。綺麗な女の子たちが、お小遣いもらって羽ぶりの良い方々とお酒呑む、あれですよね」

「ははは。そうね、そちらから見たら、そんな感じか。僕ね、そうゆう場に呼ばれることとか、結構あったんだよ。あれは、本当にゲームなの。おとすか、おとされるか。クリア!ゲームオーバー!みたいな。あれ?恋ってなんだったっけ?って疲れちゃったタイミングで、世の中も変わってて、あれあれあれ?って」

あぁ、話は繋がってたのか。

「だから、恋をしないと言う藍さんと出会って、その、僕の知らなかった扉を開けてくれる人だなって、いや違う、僕がその扉を開けるのを支援してくれる人だなって思ったんです。だって、その扉を開けないと、藍さんの隣には居られない訳だから」

「なんちゃら養成ギプスみたいですね」

「こじ開けるんで、どうでしょう?」

また、頭を下げて、右手を差し出したので、今度は

「よろしくお願いします」

と、作法に則って、その手を取った。


 「さっきの、男と女なら、その最高の関係性は恋人同士っての、私、昔から嫌だったんです。友達以上恋人未満?は?なんで恋人が上って決めてんの?って」

「あぁ、僕は素直に『あぁ、よかったね』って思ってたなぁ。敵同士だったり、仕事上で助け合う仲間だったり、色々なんだけど、『あぁ、公私共に最高のパートナーになったんだね』って」

藍はあからさまにプーっと頬を膨らませてムッとした顔をしてみせた。

「人と人との関係性のバリエーションが、昔は少なかったんだって」

「時代のせいじゃないです。昔からそうだったんです。それが、ようやく世の中のコンセンサスを得たってだけで」

レンの真似をして言って笑ってしまう。


 「レンはね、本当に凄いんです。名前も顔も公表して、マイノリティが孤立しない社会を作るために、いつも戦ってる。こないだの一人コンプライアンス研修だって、地道な草の根活動なんです」

コテンパンにやられた縹は、頭を掻くしかない。

「一つ、聞いてもいいでしょうか」

「はい。はい。いくつでも。次、レンに会った時に、相当成長していてもらわないと、私が怒られます」

「カミングアウトは、何故するんでしょう」

ちょうど、世は、国民的スターの同性愛カミングアウトを受けて、そのことで賛否湧き立っていた。

 「私も、世間にわざわざ自分の性的嗜好を晒す必要は、ないと思ってた派なんです。実は。でもね、カミングアウトをしないと、イコール異性愛者ってことにされるんです。だから、レンが例え話でしたみたいな『結婚できない、しない』とかって価値観に傷つけられる。社会はマジョリティ仕様に出来ているので、『じゃない側』は自己申告しないとなんないんです。アレルギーと一緒です。『卵アレルギーです』って、自分で言わないと、平気で卵入りの料理が提供されちゃう。あれ、下手したら命に関わるんですよ。セクシュアリティも同じです。大袈裟でも比喩でもなく、命を絶つ人、います。私も、信頼していた人に恋愛感情抱かれて、本気でその選択肢を一瞬意識しました。だから、言っていくことにしようって、そう思って」

「僕はまた、不用意に大変な話をさせていますか」

「大丈夫です。でも、これ、青と紺には内緒にしてください。過去のことでも、私がそうゆうことを、たとえ一瞬でも考えたって知ったら、二人はきっと辛いから」

藍は立ち上がってお尻の砂をパンパンと叩いた。

「自分が死んだら、掛け値なしに悲しむ人がいるって確信してるのって、結構強いんです。死ぬほど辛いことくらいでは、死ねないです」

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