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コンビニでお菓子と飲み物を沢山買い込んで藍のアパートへ向かった。
前に訪れた時には、駅からだったので、ひたすら道なりに、結構歩き、「ちょっと駅から遠すぎない?」「通勤ないもん。駅近の割高家賃に付け込まれる必要ないでしょ」なんて話をした記憶があったが、今日のルートは別の意味で尋常じゃない。
「ねえ、この道、通って大丈夫なの?」
「ん?」
「海賊島で、外敵を寄せ付けない様に作られた秘密の道みたい」
左右に迫る高い塀―いや、その上に家が建っているから擁壁かーに挟まれた道は傘を差したら、大人二人が擦れ違うのも難しそうだ。
「秘密の道、いいね!海賊島へようこそ」
藍が嬉しそうに言うのと同時にタイミングよく「ボゥー」と海の方から船の汽笛が聞こえた。
ひとしきり話をして、ふと点けたテレビでは、犬飼省吾さん(10歳)の自由研究が学会を唸らず大発見だったというようなニュースを流していた。
今どきは10歳の少年も「くん」ではなく、「さん」なのか、と思ってぼんやり見ていたら、その犬飼省吾さんは背中までのロングヘアーで、ピンクのプリキュア的キャラクターがプリントされたTシャツに、ショートパンツといういでたちで、自由研究のきっかけとなった出来事を子供らしく無邪気な笑顔で語っていた。
主題はその研究についてのため、インタビュアーもスタジオも誰もその風貌については触れない。
「これ、視聴者のほとんどは、この子の見た目が気になって、内容頭に入ってきてないだろうね」
藍が正直に呟いた。今どきは、思っても公では言わない事だ。
「うん。自分は、そこら辺、偏見無い人間のつもりだったけど、画面にどうしても違和感。これが、この子のセクシュアリティを扱う特集だったら寛容に見るんだろうね。なんか自分の底を思い知るわ」
「これが当たり前のこととして、全スルーで放送するって決めた制作側へは敬意を表すし、親も良い親だし、良い時代になったと思うんだけど」
藍がテレビを消してレンに向き直って話し出した。
「この子のセクシュアリティ、ほんとの所は解らないけどさ。自分の性別に違和感あったとして、女だから髪ロングにしよう、とか、ピンクのプリキュア着よう、とかってどうなの?女性が髪を伸ばすのって別に本能じゃないよね。この子は、女性が黄色を着る文化の中で育ったら黄色を着たのかな?女性っぽさの記号をなぞることが、自分の趣味嗜好より優先されるのかな」
「前から、少ぅし思ってたけど、そこが気になっちゃうあたり、藍ってノンバイナリー要素あるのかもね」
ノンバイナリーとは、自身の性が「男性」と「女性」のどちらにも当てまらない、あるいは当てはめたくないとする考え方やアイデンティティのこと。中でも、藍は、性別の概念自体がない「アジェンダー」なのではないかと、密かに思っていた。だから、多くの人が自明のこととしてスルーしがちな、思わぬところで、こんなふうに立ち止まったり違和感を持つ。
レンとしては、新鮮で面白い視点を提供してくれる有難い存在だが、本人は、まぁまぁ難儀だろう。
少しの沈黙の後、藍が話し出した。
「なんか、色々腑に落ちた。うちの母ね、結構巨乳なの。でも、私は絶対胸大きくなりたくなかった。気合で止めたって確信してるんだよね」
「気合で?」
「うん。これ以上膨らむな!って全力で祈った。てか念じた。凄いパワーだったよ。全身全霊。その甲斐あって今貧乳だけど。これでも本当は嫌。潰すような、大きく見えないような、スポーツブラを使ってるよ」
藍が冷蔵庫から微アルの缶を持ってきて、レンと自分のコップに注ぐ。
ノンアル、微アル、スト缶と色々買ってきたが、微アルモードな話なのだろう。
「さっきの青と紺と私、子どもの頃、月一で誰かの家にお泊りしてて。だから、私たちは3組の夫婦に育てられたみたいなところがあって。そうゆう意味では、私、割と親達の判断に信頼置いてるの」
「確かに、三人よれば…ならぬ、三組よれば、ね。偏りなさそうだ」
「でしょ。でね、私が10歳になったタイミングで、お風呂別々にされたの。『つ』がとれたら、お風呂は別ねって」
「つ?」
「そう、ひとつ、ふたつ・・・って数えるでしょ。ここのつまでは『つ』がつくけど、とお、で『つ』がとれるんだよ。たぶん親達で話し合ったんだろうなって思うの。確かに、ちょうど良いタイミングだったと思うんだ。私、青や紺みたいに、ちんちん生えてきたらどうしようって、気持ち悪いなって、思ってて。お風呂別にしましょうって言われて、あぁ、自分にアレは生えてこないのかって、心底安心したんだよね」
「なるほど。女性のも男性のも嫌だったんだ」
「そう。上も下もフラットする~んが理想かな」
「両性具有の反対ね」
「うん。でもさ、身体は間違いなく女性じゃん。で、さっきの犬飼省吾さんは、たぶん男性じゃん。中身の性ってさ、どうやって決めるんだろう。性的志向とはまた別じゃん?男が好きだから女、じゃない訳じゃない?男が好きな男もいるし、男も女も好きな女もいるし」
「もしかしてだけど、藍、バドの先輩とやった?」
何かが急に引っかかって、つい聞いてしまうと、一瞬固まった藍がコクンと頷いた。
やっぱりレンは何でもお見通しだね、という全幅の信頼を置いた目を向けられるが、見通してなどいない。聞いた自分が一番驚いていた。
合宿の夜、藍の部屋で打ち上げに軽く飲んでいた時だった。
藍の部屋で打ち上げをすることに、最初から少しの違和感があった。
その日、彼は、自分達がいかに素晴らしいパートナーであるかを力説し、そして、次の練習ではここに注力しようという提案の後、当たり前のように藍に覆い被さった。
「今日の打ち上げは、藍の部屋でいい?」そう聞いた時、小野寺がいつになく緊張していた理由に、そこで初めて思い至った。
「藍、それはレイプだよ」
レンは厳しく言った。
「性的同意をした自覚があるんだよ」
「違う。その関係性を壊せない状況で、同意させるのは違うよ」
「食わず嫌いだったら、と一縷の望みをかけたのは事実なんだよ。身体だけで繋がってる夫婦なんていくらでもいるだろうなと思って」
それに、相手はちゃんと本気だった。誠意もあった。公開告白は、その合宿から帰ってすぐだったのだから。
「でも、ダメだった。死ぬほど嫌だった。なのに身体は反応するの。ほんとに気持ち悪くて。吐きそうだった。自分ごと、木っ端みじんに壊したかった」
思わず藍を抱きしめる。
「ごめん。気付かずにごめん」
女は初めからは欲情しないとか、開発されて良くなるとか、そうゆう要らない情報が飛び交っているから、未経験の女性は乗り気でなくても流されることがある。そんなことから藍を守れなかった。
「違うの。被害者は小野寺さんの方なんだよ」
藍が嗚咽しているのを感じながら、背中をひたすらさする。たぶん、泣くことさえ今までなかったのだろう。ひとりで仕事を辞めて、こんな海賊島へ引き籠ったのだ。
とりあえず、全部流してしまえ、と、ぎゅうっと力を込めて抱きしめ、背中をさすり続けた。




