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紺は、かつて隣人が、ほぼ一カ月間食事を摂らずに亡くなったのは自分のせいだと、今でも後悔している。
大学を一年で中退した紺は、ハワイの飲食店で働いていた。
オープンキッチンで分厚い肉をじゅうじゅう焼いて出す店で、Blue Gradationを開店する時、「大きな鉄板」にこだわった、その原形となった店である。アメリカンな雰囲気を堪能できる店は観光客に人気で、客の半分は日本人だった。
その店を含め、日本人観光客をターゲットとした店を数店舗運営する日本人オーナーが、日本人スタッフのために所有していたアパートは、今、藍が住んでいるような、日本のどこにでもありそうな普通のアパートで、かえってハワイでは珍しいミニマムな作りだった。
外階段の下、郵便ポストがまとめて設置された共有スペースで、その隣人とは何度か顔を合わせたことがあった。その時に、挨拶くらいはしたと思う。金髪の短髪で、結構なイケメンだったので、海外で飲食店勤務などせずに日本でモデルでもやったらいいのに、とぼんやり思ったことがある。
それだけの接点しかなかったが、ある日突然インターフォンが鳴り、出てみたら、その隣人がスーツ姿で立っていて、「好きです。付き合ってください」と告ってきた。
寝起きだったのと、面食らったのとで、紺はただ「すみません。僕、そっちの気はないので」と言ってドアを閉めたのだった。
それから、顔を合わすこともなく、特に気に掛けることもなく、数ヶ月が経った頃、警察が来て、隣人が亡くなったことを知らされた。ほぼ食事を摂っておらず、衰弱して死に至った、自殺に近い状態だったらしい。
「友人か」と聞かれたが、「挨拶をする程度」と答えた。
どうやら、紺らしいスケッチが「複数枚」あったので確認をしたとの事だったが、スケッチは見せてもらえなかった。いや、見せないでくれたのだと思う。
高校生の頃から、紺は特に接点の無い女子からよく告白された。
面白くもない男なのに何故だろうといつも思った。
素直にありがたいと思った。
だから「付き合ってください」と言われたら「いいよ」「僕でよければ」「君のこと知らないんだけど、それでもいいの?」のいずれかの返事をして、ともあれ付き合った。付き合ったら自然に相手を好きになった。だって自分なんかを好きになってくれた時点で素晴らしい相手だ。まぁ、たいていすぐ振られたが。
なぜ、彼にはそう言わなかったのだろう。
男だから?恋心を告白する勇気に性別なんて関係ないはずだ。むしろ、男が男に想いを伝えるまでに、隣人の中でどれほどの葛藤があっただろうと思うと居たたまれなかった。
誰にも責められなかったし、原因が失恋かどうか、確かめようもなかった。それでも紺は自分を責めたし、今後誰かに想いを告げられたら、それが男でも女でも自分からは振るまいと心に誓ったのだった。
まさか、青に告られるとは思ってなかったけどな。
藍としょうもない話をしながらピザトーストにかぶりつく青を見てほっこりしている自分に満足する。
パートナーを同性に定めた時点で、「子の誕生」とか、「我が子の成長に纏わるイベント」は、自分の人生とは無縁になった。もちろん相手が異性だというだけで、それらが必ずしも得られるとは限らない。子に恵まれないかもしれないし、子を持たない選択をするかもしれないし、相手がアセクの場合もあるし。
ともあれ、この後は、ひたすら「日常」が続くのだ。
であれば、その日常を共に過ごすことが喜ばしいと感じられる相手と過ごすべきだ。
青は接点のない相手じゃない。チビの頃からずっと一緒で、それでも自分が良いと言ってくれる。そんな幸せなことがあるだろうか。
紺は自分の作るものを美味しそうに食べてくれる人がいる限り、自分は大丈夫だと、もう一度思った。




