6話
「お嬢様、最初の『呪い』の結果が、もう出たようですよ」
ユッカの爽やかな朝、お茶を運んできたアンナが、いたずらっぽく微笑みながら告げた。
「え? もう? 早くない?」
私たちの住むここユッカは、世界有数の貿易都市だ。 そのため、王国へ向かう商会に「それとなく王国の様子を調べてほしい」と、ギルドを通じて依頼を出しておいたのだ。呪いを仕掛けてからまだ二週間。早くも最初の手応えがあったらしい。
「誰が何をしたの?」
「豪商の子息が、真珠の大量誤発注をやらかしたそうです。ここユッカの商業ギルドでも、ちょっとした大騒ぎになっていますよ」
「どれくらい間違えたの?」
「20粒を『200粒』と間違えたらしく、かの商会は今、かなり危険な状態だとか」
「ブっ……! それは凄まじくやらかしたわね。……おかしいわ、そんなに強い呪い(認知改変)をかけたはずではないのだけれど」
「完全に自業自得ですね」
私とアンナは、顔を見合わせてクスリと微笑んだ。
その結果を聞いただけで、なんだか少しだけ胸のつかえが取れた気がする。公爵令嬢としての、過去の私が少しずつ浄化されていくような感覚だ。
「また定期的に風の噂を集めてもらいますけれど、次はどなたが自滅されるでしょうね?」
「そうねぇ……。表舞台に立って人前に出てくるのは、宰相子息や騎士団長子息だから、そのあたりかしらね」
「彼らに仕掛けた呪いは、ゆっくりと内側から進行するものですからね」
「ええ。でも、商会子息のやらかしのおかげで、なんだか心に余裕が生まれたわ。異国での仕事の余暇として、楽しみに待つことにしましょう」
こうして、私たちは穏やかな日常に戻っていく。
――その日常の裏側で、遥か遠くの王国で対象者達が静かに歪み始めていることなど、この時の私はまだ知る由もなかった。
* * *
――王国、王都。
「強く、もっと強くならねば……!」
騎士団長子息は、寝食を忘れて一心不乱に鍛錬に勤しんでいた。 愛しい彼女を守るためには、より強く、国一番――いや、この大陸で一番の騎士である必要がある。
なのに、なぜだ。 ここ最近、明らかに身体の動きが鈍い。
模擬戦でも、以前なら絶対に負けなかった相手に遅れを取ることが増えていた。 筋肉は育っている。パワーだって、以前に比べれば桁違いだ。学園にいた頃よりも、自分の身体はひと回りもふた回りも大きくなっているはずなのに。
おまけに、なぜか体調を崩しやすくなった。先週も、ただの風邪で三日間も寝込んでしまったのだ。
情けない。こんなことでは彼女を守れない。圧倒的に、筋肉が足りないんだ。もっと、もっと追い込まなければ……。
「お坊ちゃま! 騎士団から『すぐに出仕せよ』と、使いが来ております!」
「うるさい! 鍛錬の邪魔をするな!」
「しかし、もうずっと騎士団の任務を無断で欠勤されております! これ以上はお身体も心配ですし、旦那様が何とおっしゃるか……」
「だから! その旦那様を超えるために鍛錬をしていると言っているだろう!」
「ですが!」
「ええい、黙れ! お前は俺に弱くなれと言うのか! あいつらに負けろと言うのか!?」
俺は弱くない。強くなければいけないんだ。
こんなに貧弱な自分では、何の役にも立てない。あの愛しい彼女の前に出る資格すらない。
だからこそ、一秒だって鍛錬を休むわけにはいかないんだ。
強さを求め、強靭な肉体を求め続けた結果――彼は、重度の『筋肉醜形障害』に陥っていた。
自分が十分に筋肉質ではなく、体が細くて貧弱であるという歪んだ思い込みに強く囚われ、過酷なオーバートレーニングで逆に肉体を壊していく。 それでも、彼が筋トレをやめることはできなかった。
* * *
同じ頃、宰相府の一室でも、別の破滅が静かに幕を開けていた。
「――却下だ。正式な手順を踏んで、最初から書類を再提出しろ」
宰相子息は、目の前の行政官に冷酷に書類を突き返した。
「お待ちください! これは、先日の大雨で流された橋の修復許可申請です! 東の各領地から王都へ向かう物資を輸送するために、一刻を争う早急な対応が必要なのです! 平時のような手順を待っていては手遅れになります。まずは特例で裁可をいただき、並行して関係各所の承認を集める案件のはずです!」
「だめだ。私は法律とルールを守る立場にある。いかなる理由があろうと、正式な手順を踏まない書類は受理できない」
「しかし……っ!」
「面会時間は終わりだ。私はこれから、王太子殿下と妃殿下(予定者)とのお茶会に同席する予定がある」
「そんな……! お茶会が、王都の物流より大事だと言うのですか!?」
「くどい。ルールを破っているのはお前の方だ。規則に従えない無能は去れ」
「っ……!! この件は、宰相閣下に直接ご報告させていただきます!」
部下は怒りで顔を真っ赤に染め、床を踏み鳴らしながら部屋を飛び出していった。 それを見送りながら、宰相子息は不快そうに小さく舌を打つ。
どうして、どいつもこいつもルールを守れないのだろうか。 時間がないと言うのなら、その無駄な言い訳を省いて、手順を素早く実行すればいいものを。
ここ最近、周囲の人間とのトラブルが多発していた。 規則を守らない者。手順を踏まない者。非効率的な言い回しをする者。 なんのために法があるのか。規則を破るような害悪は、即座に厳罰に処すべきだ。
私には、大いなる使命がある。 愛しい桃色髪の彼女が治めるこの王国を、どこよりも豊かで平和に導くという使命が。 彼女が常に笑顔でいられるように、私はすべてをコントロールしなければならない。
そのためには、完璧な規則と規律を徹底しなければならない。 合理的でないものはすべて切り捨て、無駄を徹底的に排除し、効率的な秩序だけで国を運営する。 そうでなければ、私は彼女の隣に立つ資格を失ってしまう。
あまりにも強い「秩序、完璧さ、コントロールへのこだわり」の増幅により、彼は『強迫性パーソナリティ障害(OCPD)』を発症していた。 過度な合理主義の追求によって柔軟性を完全に失い、妥協を許さず、周囲を「無能」と切り捨て続けた結果、彼は自ら孤立への道を突き進んでいた。
※筋肉醜形障害(筋肉醜形症、俗称:ビゴレキシア / 逆拒食症)とは、自分が十分に筋肉質でなく、体が細くて貧弱であるという歪んだ思い込み(ボディイメージの認知歪曲)に強く囚われる精神疾患です。
※強迫性パーソナリティ障害(OCPD: Obsessive-Compulsive Personality Disorder)とは、「秩序」「完璧主義」「精神的および対人関係のコントロール」に過剰にこだわるあまり、柔軟性や効率性、人間関係が損なわれてしまうパーソナリティ障害です。
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作者が基本的な文章や設定を執筆し、GemminiAIにて、校正・編集をしてもらい、作者が再読し修正をおこなったものを投稿しています。




