3話
着替えのために急いでクローゼットルームへ入ると、案の定、高級なドレスは綺麗さっぱり消滅していた。 だが幸いなことに、祖母から「個人的に」プレゼントされたワンピースだけはポツンと残っていた。
「……あ。待って、嘘でしょ」
そそくさと着替えを済ませて、私は重大な想定外に頭を抱えた。
下着が、一枚もない。
すべて公爵家の予算で購入された「公爵令嬢の持ち物」だったため、容赦なく一網打尽にポイント化されてしまったらしい。
個人的な下着なんて持っているはずもない。街に降りたら、最優先で下着を買いに走らなければ……。
しかし、公爵令嬢が普段から現金をジャラジャラ持ち歩いているわけもない。
下着一枚買うにも、まずは銀行へ行って母の個人資産を切り崩すか、祖父母から貰った小物類を換金しなければならない。やることは山積みだ。
それにしても、だ。
公爵令嬢としての「過去・現在・未来」をポイント換算したことで、着ている服や下着まで消えたということは、――今現在、私はシステム的に『公爵令嬢ではない』ということになる。
アイリスという人間はここに存在するが、アイリス・バレンタインという記号は世界から消滅した。 だとしたら、公爵家の人間から見て、今の私は一体どう認識されているのだろうか?
その答えは、すぐに強制開示されることとなった。
「お嬢様、アイリスお嬢様。入りますね」
ノックの音と共に、侍女のアンナが私の私室に入室してきた。
「アンナ……っ?」
「はい、お嬢様。……って、なんです、これ……!?」
アンナが目を丸くして絶句するのも当然だ。
私の私室はポイント換算によって、家具からカーテンにいたるまで全てが消失し、ただの空っぽの空間になっている。かろうじて没収を免れた「母からの相続品」や「祖父母からのプレゼント」だけが、床に無造作に散らばっているという異様な光景なのだから。
それでも、アンナは私のことを「アイリスお嬢様」と呼んだ。
「……私のスキルを使ったのよ」
「お嬢様のスキルですか? 一体、何を対価にされたのですか……?」
アンナは、かつて祖母と私が保護した孤児であり、私に絶対の忠誠を誓ってくれた腹心。姉妹同然に育った、公爵家で唯一、私の【呪い】スキルの存在を知る人物だ。
「アンナ、私のことがちゃんと認識できているのね。対価にしたのは――公爵令嬢としての地位、財産、そして未来よ」
「公爵令嬢としての……!? 一体、何があったのですか?」
「その前に聞かせて。私のことを、今、どんな風に認識してる?」
「認識、ですか? アイリスお嬢様はアイリスお嬢様ですが……あれ……?」
アンナが不意に、自分の頭を押さえて眉をひそめた。
「不思議です……。お嬢様のことを『バレンタイン公爵令嬢』として認識できません。ただの『アイリスお嬢様』としか……脳が拒否をいうか、見ようとしても見られない感覚です」
「やっぱり、そうなのね」
確信した。スキルの効果は完璧だ。
いまの私の立ち位置は、公爵家の人間から見れば「身内(公爵令嬢)」ではない。
おそらく『亡き前妻が産んだ、どこか他家の令嬢』くらいの、奇妙に歪んだ認識に書き換えられているのだろう。
長居は無用。バグのような存在だと気づかれる前に、いち早くこの屋敷を脱出しなければ。
「アンナ」
「はい、お嬢様」 「私はもう、この家の公爵令嬢ではないわ。だから今すぐ、この屋敷を出ます」
「――わかりました。すぐに荷物の手配をいたします」
「いいの? 私はもう公爵令嬢じゃない。あなたを雇うお金だって、今は……」
「私がお仕えするのは、公爵令嬢という肩書きではなく『お嬢様』その人です。それに変わるはずがありません! それよりもお嬢様こそ、そんな格好で屋敷の外へ出るおつもりですか? 無謀にもほどがあります! ……ああっ、よく見たら下着はどうされたのですか!? お化粧も全くなさっていないし……!」
アンナの呆れ顔の、なんと心強いことか。 こうして私は、有能すぎる愛侍女にせっせとお世話をされながら、夜闇に紛れて公爵家を出奔するのであった。
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作者が基本的な文章や設定を執筆し、GemminiAIにて、校正・編集をしてもらい、作者が再読し修正をおこなったものを投稿しています。




