第98話 軍靴の足音
文化祭の前日。
エレノア先生の研究室には、少し気まずい空気が流れていた。
「……先生。この魔道具、少し解析してみませんか?
構造が非常に興味深いんです。もしかしたら、デミウルゴス・システムの解明にも何かしらのヒントになるかも……」
お兄ちゃんが、例の火炎放射魔道具を手に熱弁していた。
技術者としての血が騒いでいるのだろう。
こいつを作った作者なら、自分のレールガンをどう評価し、どう改良するのか――そんなシンパシーすら感じているようだ。
しかし。
デスクに向かうエレノア先生は、書類から目を離さずに言った。
「ごめんなさいね、カイト君」
声色は冷淡そのものだった。
「確かに興味深いけれど、今の私には『デミウルゴス・システム』の文献あさりで手一杯なの。
男の子の『おもちゃ遊び』に付き合っている暇はないわ」
「ぐふっ……!」
お兄ちゃんが胸を押さえてよろめいた。
「おもちゃ遊び」というワードがクリティカルヒットしたらしい。
「ど、ドンマイ兄さん……」
俺は肩を叩いた。
告白してもいないのにフラれたような、悲しい背中だった。
◇◇◇
そして迎えた、文化祭当日。
俺たち2年1組の「空飛ぶ魔法カフェ」は、開店と同時に長蛇の列を作っていた。
教室には優雅なクラシックが流れ、制服を着こなしたウェイターたちが注文を取る。
すると、厨房からふわりとケーキや紅茶が浮かび上がり、空を滑るように客席へと運ばれていく。
魔法学校ならではのファンタジックな光景に、一般客からは歓声が上がっていた。
――だが。
その優雅な「表」とは裏腹に、厨房という名の「裏」は戦場だった。
「ヒロ! 1番テーブル、ショートケーキとアイスティー!」
「はいよ!」
俺は空間魔法を発動。
皿を認識し、座標を指定し、重力を無視して浮遊させる。
「次は4番テーブル! パスタ2つ!」
「了解!」
俺はベルトコンベアのように流れてくる料理を、次々と空間魔法で捕捉し、配膳ルートに乗せていく。
精密な魔力操作が必要な作業だ。
それを一人で、何十皿も同時に制御する。
「くっ……脳が焼き切れる……!」
俺のこめかみに青筋が浮かぶ。
だが、俺の手は止まらない。
クラスメイトたちも、目の色を変えて調理し、皿を回している。
なぜなら――全ては「金」のためだからだ。
この国立魔法学校では、生徒のアルバイトは禁止されている。
卒業後はすぐに軍や研究機関に属するため、俺たちは一般社会の経済活動というものをほとんど知らずに育つ。
そんな俺たちにとって、この文化祭は唯一、合法的に現金を稼げるチャンスなのだ。
売上は、経費を引いて全額生徒に還元される。
つまり、売れば売るほど、俺たちの懐が潤う。
「回せぇぇぇ!! 一皿でも多く売るんだぁぁぁ!!」
「いらっしゃいませぇぇぇ!!」
ウェイターも調理班も、そして空間配送センターの俺も、欲望のために死力を尽くした。
◇◇◇
夕方。文化祭が終了した。
教室の隅で、委員長のユウスケが電卓を叩いていた。
クラス全員が、固唾を飲んでその指先を見守る。
ユウスケが眼鏡をクイッと押し上げ、顔を上げた。
「……経費を差し引いて、純利益20万円突破だ」
一瞬の静寂。
そして。
「「「うおおおおおーーーッ!!!」」」
教室が揺れるほどの歓声が爆発した。
「やったぞ! 俺たちは勝ったんだ!」
「臨時ボーナスだぁぁぁ!」
俺とお兄ちゃんもハイタッチして喜んだ。
一人当たり数千円だが、その価値はプライスレスだ。
「よし! この金で打ち上げに行くぞー!」
「焼肉だ! 高級カルビだー!」
クラスメイトたちが盛り上がる中、教室のドアが開いた。
「あら、終わったようね」
エレノア先生だった。
なぜか私服に着替えており、手には「胃薬」を持っていた。
「打ち上げは焼肉? いいわね、引率してあげるわ」
「……先生、ちゃっかり混ざる気満々ですね」
「当然でしょ。担任なんだから」
先生は悪びれもせず言った。
まあ、今日は無礼講だ。
俺たちは歓声を上げながら、夜の街へと繰り出した。
◇◇◇
――その頃。
喧騒から離れた、静まり返った研究室。
カイトは、一人パソコンのモニターに向かっていた。
「……やはり、個人の作品じゃない」
手元には、あの分解された魔道具。
その技術体系と類似する情報をネットの海から探し続けていた。
そして、一つのニュース記事に目が止まった。
『新生軍事国家・ゼノビア統治国、革新的な魔導技術で急成長』
画面には、近代的なビル群と、整備された軍隊の写真。
記事にはこう書かれていた。
――伝統や宗教を廃し、徹底した『技術至上主義』を掲げる新興国。
――有能な魔法使いや技術者を世界中から受け入れ、急速に軍事力を拡大している。
「ゼノビア……」
近隣の保守的な国々とは対立を深めているが、その圧倒的な技術力ゆえに、誰も手を出せないでいるという。
独裁というよりは、極端な実力主義国家か。
「この洗練された魔道具……。
宗教や伝統といった『無駄』を削ぎ落とした、この国の理念そのものに見えるな」
画面の中の無機質だが美しい都市を見つめた。
危険な国だとは分かっている。
だが、技術者としての好奇心が、その国への興味を掻き立てていた。
「いつか、行ってみたいものだな」
モニターの青白い光が、顔を照らしていた。
その願いが、まさか近い将来に「留学」という形で叶うことになるとは、まだ知る由もなかった。




