第95話 偽りの神とブラックボックス
エレノア先生の研究室は、重苦しい沈黙に包まれていた。
ツクヨミによって語られた「世界の真実」。
それは、俺たちが信じていた世界を根底から覆すものだった。
「……整理しましょうか」
先生が冷めたコーヒーを一口飲み、静かに口を開いた。
「本来は魂の修行の場だった『平行世界群』を、オモイカネという管理者が『養殖場』に作り変えた。
私たちはそのシステムの中で、ただエネルギーを吸い上げられるだけの電池というわけね」
『まあ、味気なく言えばそうだね』
ツクヨミがあっさりと認める。
先生は不機嫌そうに腕を組んだ。
「名前がないと不便だわ。
創造主を気取り、物質世界に魂を縛り付けて搾取する偽りの神……。
グノーシス神話になぞらえて、このふざけた構造を『デミウルゴス・システム』と呼称しましょう」
「デミウルゴス……」
俺が呟くと、お兄ちゃんが感心したように頷いた。
「なるほど。『造物主』でありながら、真の神ではない存在。
物質界に固執し、霊的な真理を理解しない偽の神。
今のオモイカネたちの所業を皮肉るには、これ以上ない名前ですね」
『へぇ! デミウルゴスか!』
ツクヨミは楽しそうに膝を叩いた。
『いいね、気に入ったよ。
あの堅物のオモイカネに聞かせたら、顔を真っ赤にして怒りそうだ!
「私は管理者だ! 偽物ではない!」ってね!』
「決まりね」
先生はホワイトボードに『打倒! デミウルゴス・システム』と力強く書き殴った。
「目標は、このシステムの破壊、および管理者オモイカネの打倒。
……喧嘩を売る相手としては、不足なしだわ」
「でも先生」
俺は冷静なツッコミを入れた。
「今すぐにどうこうできることじゃないですよね?
相手は世界の理そのものだぞ? どうやって壊すんですか?」
「……そうね」
先生がペンを置き、眉間に皺を寄せた。
「正直、全くゴールが見えないわ。
世界の構造そのものに干渉する魔法なんて、現代魔法の枠組みを超えている。
……また1から『聖典』を読み直す必要があるわね」
「聖典って……ラノベですか?」
「ええ。ああいう物語には、神殺しや世界改変のヒントが隠されていることが多いのよ。
『システムにバグを起こす』とか『管理者の権限を奪う』とか……ブツブツ……」
先生が真顔でブツブツと呟き始めた。
この人、本気でラノベを参考書だと思っている節がある。
「いや先生、そんな回りくどいことしなくても」
俺はため息をついて、ソファでくつろぐ青年を指差した。
「ここに『答えの塊』みたいなのがいるじゃないですか」
『あ、僕?』
ツクヨミがキョトンとして自分を指差した。
「そうだよ。神様なんだから、その『デミウルゴス・システム』の構造とか、弱点とか、全部知ってるんでしょ?
開発者コードとかないの?」
俺とお兄ちゃん、そして先生の期待の視線がツクヨミに集中する。
しかし。
ツクヨミは困ったように頭を掻いた。
『ごめんね。
そのシステム作ったの、原初の神「アメノミナカヌシ」って神なんだけど……もうとっくの昔にいなくなっててさ』
「はい?」
『なんでどうやって作ったのか、仕様書も設計図も残ってないんだよ。
だから仕組みなんて、誰にも分からないんだ』
「…………は?」
『いやほら、いわゆるブラックボックスってやつ?
僕らも「こう操作すれば動く」ってことしか知らないんだよ。
中身がどうなってるかなんて、作った本人以外知らないさ(笑)』
ツクヨミは爽やかに笑った。
俺たち三人の心は一つになった。
(((……使えない)))
俺はガクリと項垂れた。
「……肝心なところで使えないなぁ」
『失礼な! 僕はこれでも三貴神だよ!?』
「それって、今なんの役に立つんですか」
俺はジト目でツクヨミを見た。
「精霊たちもそうだったよ。
『感覚でドーンとやればいいのよ!』とか言って、理論なんて教えてくれない。
神様も、結局は『感覚』でシステム使ってるだけなのかよ……」
『ははは! 言われてみればそうかもね!
僕らも、在るものを利用してるだけだからさ!』
「笑い事じゃないわよ……」
先生が頭を抱えた。
どうやら「攻略本」は手に入らなかったらしい。
地道にレベルを上げ、手探りでこの世界の謎を解き明かしていくしかないようだ。
「ま、気長にやりましょう」
お兄ちゃんが苦笑いしながら言った。
「とりあえず、僕たちには強力な『ジャミング機能』が手に入った。
それだけでも、この夏休みの成果としては十分すぎますよ」
「……そうね。焦っても仕方ないわ」
先生も深呼吸して、気持ちを切り替えたようだ。
「さあ、もうすぐ新学期よ。
神様との戦いも大事だけど……あなた達、宿題は終わってるんでしょうね?」
「「あっ」」
俺とお兄ちゃんの顔が引きつった。
神話の真実よりも、今は目の前の現実(宿題)の方が恐怖だった。
こうして、神と契約し、世界の秘密に触れた激動の夏休みは幕を閉じた。
次なる舞台は、秋の魔法学校。
波乱の2学期が、始まろうとしていた。




