表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/179

第92話 夜の神との契約

 グランピングテントのリビング。

 ふかふかのソファに座った自称・神様は、シャクシャクと音を立てて黒いスイカを頬張っていた。


「んー、美味い。このシャリシャリ感と上品な甘さ、最高だね」


 その姿は、どこからどう見ても人間の青年だ。

 目の前に皿があり、フォークを使い、物理的にスイカが減っていく。


「ねぇ、ツクヨミ」


 俺は恐る恐る尋ねた。


「そうやってスイカを食べられてるってことは……実体があるの?

 みんなにも見えてるし、精神体じゃないよね?

 自分で実体化できるってこと?」


『ああ、そうだよ』


 ツクヨミは種を器用に吐き出しながら答えた。


『僕は特別だからね。

 ……と言いたいところだけど、本当はかなり無理をしている』


「無理を?」


『神というのは本来、高次元に座しているシステムだ。

 こうして下界に降りて、物理的な肉体を構成し続けるのはリソースを食う。

 正直、今の僕はバッテリー切れかけのスマホみたいなものさ』


 彼は苦笑いして、フォークを置いた。


『だから君と契約して、君に召喚してもらったほうが、僕としては都合がいいんだ』


「契約……」


 俺はゴクリと喉を鳴らした。


『君の召喚空間に、僕を匿ってほしい』


「匿う?」


『僕はもう、神々の裏切り者だからね』


 ツクヨミの瞳が、少しだけ陰った。


『姉さん……いや、あの太陽神に反旗を翻し、システムに背いた。

 このまま野良の神としてフラフラしていれば、遠からず「管理者」に見つかる。

 良くて「封印」、下手したら「消滅」させられるだろうね』


「管理者? それって太陽神アマテラスのこと?」


『いいや』


 ツクヨミは首を横に振った。


『太陽神も厄介だが、もっと上にいるんだよ。

 神々の知恵を管理し、システムを統括している面倒なやつがね』


「……社長の上にいる、うるさい役員みたいな?」


『ははっ、言い得て妙だね! そう、そんな感じの頭の硬いのがいるんだよ』


 彼は肩をすくめた。

 どうやら神様の世界も、中間管理職のようなしがらみがあるらしい。


『だから頼むよ。僕を君の中(召喚空間)に入れてくれ』


「いや、でも……契約って言っても、俺は精霊としかしたことないし……。

 神様と契約なんてできるの?」


『同じだよ』


 ツクヨミはあっけらかんと言った。


『精霊も神も、元を辿れば意思を持った高エネルギー精神体だ。

 君の器なら問題ない』


 彼は身を乗り出した。


『もちろん、タダとは言わない。

 僕と契約するメリットは幾つもあるよ!』


 彼は指を一本立てた。


『一つは、神からの目隠し……「カモフラージュ」だ。

 僕は夜の神だからね。

 君に「夜のとばり」を掛けることで、太陽神や管理者の監視の目を誤魔化すことは容易だよ』


「っ……!」


 それは、今の俺が一番求めている能力だ。


『それに、君の「空間魔法」と僕の性質は非常に相性がいい』


 彼は二本目の指を立てた。


『僕は月。月は太陽の光を跳ね返す「鏡」の性質を持つ。

 君の空間障壁に僕の力を上乗せすれば、物理攻撃だけでなく魔法そのものを跳ね返す「反射リフレクション」が可能になるだろう』


「反射……!」


『さらに、月は満ち欠けによって「とき」を司る。

 空間に時間の概念を加えれば……その気になれば「時空」すら飛べるようになるはずだ。

 ま、これは今後の君の頑張り次第だけどね』


 時空干渉。

 とんでもない可能性を提示された気がする。

 監視を逃れ、防御を強化し、未来の可能性も広がる。

 断る理由がなかった。


 でも、一つだけ確認しておきたいことがあった。


「ねぇ、さっき太陽神のこと『盗人風情』って言ってたよね」


『言ったね』


「それってやっぱり……太陽にも地球と同じように『核』があって、今の太陽神はその恩恵を勝手に自分たちのものにしてるってこと?」


『ご明察。太陽は星だ。莫大なエネルギーを生むコアがある。

 奴らはその上にシステムを被せ、さも自分の力であるかのように振る舞っているだけさ。

 卑しいだろう?』


「うん、卑しいね。

 ……でもさ、それなら月はどうなの?」


 俺はツクヨミを真っ直ぐ見た。


「月にも『核』はあるの?

 ツクヨミが月の力を使うのは、太陽神と同じ『盗人』にはならないのか?」


 痛いところを突かれた、という顔をするかと思った。

 けれど、ツクヨミはニヤリと笑った。


『いい質問だ。

 だが、月と太陽は出自が違う』


「出自?」


『ジャイアント・インパクト説……君も聞いたことくらいあるだろう?

 月は太古の昔、地球に別の天体が衝突して生まれた、いわば「地球の分身」だ』


「あ……」


『そう。月と地球は親子であり、兄弟だ。

 地球の神である僕らが月の力を使うのは、自分の腕を使うのと同じこと。

 遠くにある他人の星(太陽)の力を掠め取る奴らとは、正当性が違うのさ』


「なるほど……」


 妙に納得してしまった。

 こいつは、地球生まれの、俺たちに近い側の存在なんだ。


「わかったよ」


 俺は覚悟を決めて、彼を見た。


「契約するよ。

 よろしくね、ツクヨミさん」


『さんは要らない』


 ツクヨミがフッと笑い、スッと立ち上がった。

 その身体が、黒と銀の光の粒子へと変わっていく。


『君は、僕の契約者だ』


 ザザザザッ……!!


 光の粒子が、俺の胸へと吸い込まれていく。

 その瞬間。


「ぐっ……!!」


 ドクンッ!!


 心臓が早鐘を打った。

 頭の中で音がするような軽いものじゃない。

 もっと深い、心の奥底に、とてつもなく重いくさびが打ち込まれたような感覚。

 フレアやイカヅチの時とは桁が違う。歴史の重み、神気の質量。


「ヒロ!?」

「ヒロ様!?」


 お兄ちゃんとシラユキが駆け寄ろうとする。

 俺の視界が明滅し、立っていられずにその場に膝をついた。


 契約は完了した…。


 魂が震えるような感覚と共に、ツクヨミの姿が完全に消えた。


「……消えた?」


 お兄ちゃんが周囲を見回す。


『いや、奴は今、ヒロの中(召喚空間)にいる』


 イカヅチが静かに告げた。

 俺は荒い息を吐きながら、胸を押さえた。

 重いけれど……不快じゃない。静かな夜のような魔力が、俺の中に根付いていた。


「……はぁ、はぁ。

 出てきていいよ、ツクヨミ」


 俺が呼ぶと、俺の影からヌルリと黒いモヤが立ち上り、再びツクヨミの姿が形成された。

 今度は無理をしている感じがない。俺の魔力をパスとして安定して存在している。


「……大丈夫か、ヒロ?」


 お兄ちゃんが背中を支えてくれた。


「うん……ちょっと、フラフラするけど」


「無理もない。神を受け入れたんだからな。

 魔力もそうだが、精神がすり減っているんだろう。ゆっくり休め」


 俺はソファに深く沈み込んだ。

 そんな俺をよそに、再顕現したツクヨミは目を輝かせた。

 どうやら、中に入っていた一瞬の間に、召喚空間の内装を見てきたらしい。


『いやぁ、驚いたよ!

 君の中の召喚空間、最高じゃないか!

 果てのない宇宙のような背景に、見たこともない豪華な家具が揃っている!』


 彼は俺が収納している高級家具コレクションに感動しているようだ。


『これなら退屈しなそうだ。

 あの静寂と宇宙そら……まさに僕のためにあるような場所だな!

 よし、あの一番大きなソファを僕の玉座にしよう』


 彼が勝手に決めつけた、その時だった。


「――おい新入り」


 部屋の隅、腕を組んで立っていたフレアが、ドスの利いた声を上げた。


「あそこは私たちの憩いの場ですわよ。

 神様だか何だか知らないけれど、過ぎた発言はよしてちょうだい?」


『ひっ』


 ツクヨミが肩をすくめた。

 実体化しているフレアの迫力は凄まじい。


『こ、怖い先住者がいるね……』


「あはは……仲良くやってよ」


 俺は力なく笑った。

 最強の精霊たちに、拗らせた夜の神様。

 俺の召喚空間は、いよいよカオスなことになってきた。


 テントの外では、壱岐島の波音が、新しい仲間の加入を祝うように響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ