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第91話 拗らせた月の神

 夕方。

 俺たちが案内されたグランピング施設は、想像を遥かに超えていた。


「すっげぇ……! これテントかよ!?」


 海を見下ろすデッキの上に建つ、巨大なドーム型のテント。

 中にはふかふかのベッドにソファ、エアコンまで完備されている。

 もはや「家」だ。俺の知っているキャンプとは次元が違う。


「よし! 日が暮れる前にバーベキューを始めるぞ!」


 親父の号令で、豪華なディナーの準備が始まった。


「私もお手伝いします」


 シラユキが袖をまくり、トングを持って焼き場に立った。

 純白のワンピースにエプロン姿。

 普段は冷徹な氷の精霊が、甲斐甲斐しく肉を焼く姿はギャップ萌えの塊だ。


「あっ」


 シラユキの手が、ジュッと熱い網に触れてしまった。

 彼女はビクッとして、手を口元に当てた。


「シラユキちゃん!?」


 すぐさま反応したのはお兄ちゃんだ。

 血相を変えて飛んできた。


「大丈夫か!? 火傷してないか!?

 今すぐ治癒魔法を……いや、冷やした方がいいか!?」


「あ、いえカイト様。びっくりしただけですので」

「でも赤くなってるかもしれない! 見せてみろ!」


「あの……私、精霊ですので。火傷はしません」


 シラユキがキョトンとして答える。

 そう、精霊に物理的な火傷などあり得ない。

 それでもお兄ちゃんは「可憐だ……」と呟いて、心配そうに彼女の手を見つめていた。


(……お兄ちゃん、完全に惚れてるなぁ)


 俺は苦笑いしながら、その様子を生温かく見守った。


「さあさあ! どんどん焼くぞ!」


 俺は収納空間から、新鮮なままの食材を取り出した。

 まずは生きたままの伊勢海老を網に乗せ、軽く炙ってかぶりつく。


「あまっ! うまっ! プリプリだ!」

「味噌が濃厚じゃのう!」


 じいちゃんも満面の笑みだ。

 そして、メインディッシュ。あの最高級・宮崎牛のステーキだ。

 親父が絶妙な火加減で焼き上げ、まずは年長者のじいちゃんに差し出した。


「親父、どうぞ」

「おお、すまんの。どれどれ……」


 じいちゃんが肉を口に運んだ。

 一噛み、二噛み。

 動きが止まる。


「…………っ!!」


 カッ!! とじいちゃんの目が見開かれた。

 そして。


「ふ、ふうぁわぁぁぁッ!!」


 じいちゃんの目から、ツーッと涙が流れ落ちた。


「う、うまいぃぃ! なんじゃこりゃあぁぁ!」


 むせび泣いている。

 牛肉を食って泣く老人。


「……血は争えないわね」

「親父、泣くほどか?」


 母さんと親父が笑っているが、一之瀬家はきっと代々「食に感動する遺伝子」が組み込まれているのだろう。


◇◇◇


 楽しい宴も終わりに近づき、月が高く昇った頃。

 波音だけが響く静かな夜の浜辺に、ふらりと「気配」が現れた。


『――ねぇ』


 闇そのものが凝縮したような、人ならざる声。


『いい匂いだね。僕も仲間に入れてよ』


 そこには、一人の青年が立っていた。

 黒髪に、月光のような白い肌。

 現代風の服を着ているが、纏っているオーラが明らかに人間ではない。


「ッ!?」


 ガタッ!

 肉を食べるために実体化していたイカヅチが、即座に立ち上がり唸り声を上げた。

 ヒューイも俺の肩の上で羽を逆立てる。


「神だ! 何しに来た!」


 イカヅチが前に出る。

 その言葉に、ほろ酔いだった親父の顔色が変わった。


「カイト! ヒロを守れ!!」


 親父の声が震えている。でも、その目は真剣だ。

 自分だって怖いはずなのに、咄嗟に息子を守ろうとする。


「言われなくても!」


 お兄ちゃんが即座に前に出た。

 全身に強固な防御魔法を纏い、障壁となって立ちふさがる。

 フレアとシラユキも、じいちゃんと両親を庇うように展開した。


『おいおい、そんなに殺気立たないでよ。僕は敵じゃない』


 青年は両手を上げて苦笑した。


『って言っても信じないか。

 君、あの太陽神に監視されてるもんね』


「……誰だ、あんた」


 俺が問うと、青年はフッと笑った。


『僕は、この国の呼び名で言うなら「ツクヨミノミコト」。

 ツクヨミって呼んでよ』


「なっ……!?」


 親父が素っ頓狂な声を上げた。


「ツクヨミノミコトだって!? あの三貴神の!?」


『そうだよ』


「え、つまり……夜の神様がバーベキューに参加したいと……?」


 状況が理解できず、全員がポカンとする。

 神話級の神様が、なんでこんなところに?


『いやいや違うよ。肉も食べたいけど、そうじゃない。

 君の精霊たちと同じように、僕も仲間にしてほしいんだ』


「はぁ? 神が? それも偉い神様なのに?」


 俺が疑いの目を向けると、ツクヨミは不満げに口を尖らせた。


『三貴神ねぇ……。名ばかりさ』


 彼は夜空を見上げた。


『許せないよね。

 夜の神ってなんだよ。全然神話にも出ないどころか、祀られている社も他の神に比べて少なすぎる。

 扱いが酷くないか?』


「……たしかに」


 親父がボソリと呟いた。


「ツクヨミノミコトの神話記述は、アマテラスやスサノオに比べて極端に少ない……。

 誕生した直後に『夜を治めよ』と言われたきり、ほとんど出番がないんだ」


『だろ!?』


 ツクヨミが親父に食いついた。


『分かってくれるかいお父さん!

 そうなんだよ、僕は徹底的に冷遇されてるんだ!

 それに比べてあの太陽神はどうだ?

 「至高神」だのなんだのとふんぞり返って、人間からエネルギーを巻き上げて……くだらない盗人風情が』


 ツクヨミの瞳に、暗い炎が宿った。


『僕はね、あの太陽神……ないし僕を蔑ろにしている神々に、一泡吹かせたいんだよ』


 彼は俺を見た。


『それができそうな存在が、ついに現れた。

 ……そう、一之瀬ヒロ。君だ』


「俺?」


『ああ。最初に君に目をつけてたのは僕だからね』


 ツクヨミはニヤリと笑った。


『太陽神より先に、僕が君を見つけた。

 だから君の味方をしてあげるよ。面白そうだしね』


「…………」


 俺はイカヅチと顔を見合わせた。

 イカヅチは「……ふん、嘘ではなさそうだ」と警戒を解いて座り直した。

 拗ねているというか、人間臭いというか。

 少なくとも、あのアマテラスのような冷徹さは感じない。


「……なんか、悪い神様じゃないみたいだし」


 俺がそう思った時だった。


「あら、悪い子じゃなさそうじゃない」


 突然、母さんがスッと俺たちの前に出た。


「母さん!?」


「ほら、せっかくだから一緒に食べましょ。

 スイカ食べる?」


 母さんは物怖じすることなく、ドンッとテーブルに「アレ」を置いた。

 真っ黒な『でんすけすいか』だ。


『ほお!』


 ツクヨミが目を輝かせた。


『この闇のような漆黒のスイカ……。

 これはまた珍しい』


「でしょう? 北海道のいいやつなのよ」


『ふふふ、なるほど。

 ここ、壱岐島は数少ない「僕が祀られている土地(月読神社)」だ』


 ツクヨミはスイカと俺たちを交互に見て、満足げに頷いた。


『そんな僕の庭とも言える場所に、僕の色(闇)をした供物を持ってくるとは……。

 さては、僕の出現を予測していたね?』


「え?」


『素晴らしい。気が利くじゃないか、人間』


「……あー、うん。そう、それ!」


 俺は苦笑いしながら頷いた。

 偶然だ。完全に偶然だけど、母さんと薬師寺先輩のファインプレーだ。


『気に入った。いただこう』


 ツクヨミが席に着く。

 こうして、一之瀬家のグランピングに、とんでもない「客」が加わったのだった。

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