第90話 憧れの海の家
期末テスト。
化学のテスト中に「ベンゼン環はもっと自由な形をしている気がする」と回答しそうになるのを必死でこらえ、なんとか赤点は回避した。
そして訪れた、待望の夏休み。
俺は約束通り、宮崎の実家に帰省していた。もちろん、フレアとシラユキ、そしてお兄ちゃんとイカヅチたちも一緒だ。
帰省して早々、玄関のチャイムが鳴った。
「お届け物でーす! クール便、五箱になりまーす!」
運び込まれた発泡スチロールの山。
差出人は、やっぱり『薬師寺アリサ』だった。
「あらまぁ、すごい量! 何が入ってるのかしら?」
母さんがワクワクしながら箱を開ける。
中から出てきたのは――。
「す、すごい……! これ、最上級の宮崎牛じゃない!?」
「こっちは生きた伊勢海老だぞ! まだ動いてる!」
親父とお兄ちゃんが歓声を上げる。
そして、最後の一箱から出てきたのは、真っ黒でツヤツヤした巨大な球体だった。
「……え、なにこれ?」
「黒い……爆弾?」
俺とお兄ちゃんが顔を見合わせる。
スイカにしては黒すぎるし、ボーリングの玉にしては大きすぎる。
しかし、それを見た母さんが目を見開いて叫んだ。
「あらやだ! これ『でんすけすいか』じゃない!?」
「でんすけ?」
「知らないの!? 北海道の特産で、初競りだと一玉数十万円とかで取引される超高級ブランドスイカよ!
テレビのニュースでしか見たことないわ!」
「「すうじゅうまんえん……!?」」
俺たちはのけぞった。
箱の中には、達筆な手紙が入っていた。
『暑中お見舞い申し上げます。
ヒロ様がスイカがお好きだと聞きまして、手配いたしましたわ』
「……俺、先輩にスイカ好きなんて言ったっけ?」
記憶を辿るが、そんな話をした覚えはない。
どこだ? 学校の食堂か? 寮のゴミ箱か?
先輩のリサーチ力が怖すぎて、背筋が少し涼しくなった。
「ま、まあいいわ!
こんなにいい食材があるなら、予定通りアレをやりましょう!」
母さんがパンと手を叩いた。
「じいちゃんが言ってた、壱岐島でのグランピングよ!
持ち込みOKのプランにしておいたから、これを全部持って行って豪遊しましょう!」
「おう、俺も母さんも会社に無理言って長期休暇取ったからな!
今年の夏は遊ぶぞー!」
親父もノリノリだ。
なんてフットワークの軽い両親だろう。
◇◇◇
その日の夕方。
俺たちは地元のデパートに来ていた。明日からの旅行に向けて、水着などを調達するためだ。
「あら〜! シラユキちゃん、この白いフリルのやつ絶対似合うわよ!」
「フレアちゃんにはこっちの大人っぽいパレオタイプかしらねぇ」
水着売り場では、母さんが完全に主導権を握っていた。
フレアとシラユキを着せ替え人形にして楽しんでいる。二人の精霊も「お義母様の見立てなら」と満更でもなさそうだ。
一方、俺たち男三人は蚊帳の外だった。
「……なぁ、俺たちの水着は?」
「『適当にカゴに入れといて』だってさ」
お兄ちゃんが苦笑いする。
扱いが雑すぎる。
「ちぇっ。……見てよユウスケ、このドラゴンの絵が描いてある海パン、超かっこよくない?」
「ヒロ、俺はカイトだ。ユウスケじゃない。
あとそれは小学生用だ、やめておけ」
危ない、センスまでIQが下がるところだった。
家に帰ると、親父が腕まくりをしてキッチンの前に立った。
「よし、明日のBBQの下準備をするぞ!
宮崎牛はそのままでいいが、鶏とホルモンは仕込みが命だからな!」
親父は地頭鶏と新鮮なホルモンを大量に買い込んできていた。
秘伝のタレを作り、手際よく揉み込んでいく。
こういう時の親父は、魔法使いの俺より手際がいい。本当に頼りになる。
◇◇◇
翌朝、まだ星が出ている未明に出発。
車で福岡の博多港まで走り、そこから高速フェリーに乗り込んだ。
一時間ほどで到着した長崎県・壱岐島。
ターミナルでは、アロハシャツを着た豪快な老人が手を振っていた。
「おーい! 待っとったぞー!」
「じいちゃん!」
五島から駆けつけたじいちゃんと合流し、俺たちはそのままビーチへ直行した。
「うわぁぁぁーーっ!! 海だーー!!」
俺は砂浜に駆け出した。
白い砂、エメラルドグリーンの海。
地元の海も綺麗だけど、ここは透明度が違う。南国のリゾートみたいだ。
「いててっ、なんか足がくすぐったい!」
波打ち際に立つと、砂の中から小さな虫みたいなのが這い出てきて足をツンツンしてくる。
「ヒメスナホリムシじゃな。綺麗な砂浜にしかおらんのぞ」
じいちゃんが笑って教えてくれた。
へぇ、なんか可愛いなこいつら。
でも、そんなことより!
俺の視線は、砂浜に建つ一軒の小屋に釘付けだった。
「あ、あった……! 本当にあった!」
焼きそばの焼ける匂い。カキ氷の旗。浮き輪のレンタル。
そして、ちょっとチャラそうな店員さん。
「海の家だぁぁぁーーッ!!」
俺は感動で打ち震えた。これだ、俺が求めていた夏はこれなんだ!
「すみません! 注文いいですか!」
俺はカウンターに駆け込んだ。
メニューには、定番の焼きそばやカレーに並んで、ひときわ輝く文字があった。
『壱岐名物・ウニ飯』
「……なんだそれ、絶対うまいに決まってるじゃん!」
俺の口が勝手に動いた。
「ウニ飯一つください!」
数分後。
俺は黄金色に輝くウニがたっぷり混ざった炊き込みご飯を頬張っていた。
「んんっ! 磯の香り! 甘み! 最高!!」
「……おいヒロ」
隣で焼きそばをすすっていたお兄ちゃんがツッコミを入れた。
「お前がやりたかった『海の家』って、そんなグルメな感じでよかったのか?」
「いいの! 美味しいは正義なの!」
俺はカキ氷も追加注文して、夏を胃袋に詰め込んだ。
腹ごしらえが済んだ後は、海水浴だ。
「冷たくて気持ちいいですわ〜!」
「主様、見てください。魚がいます」
波打ち際では、着替えたフレアとシラユキがキャピキャピと水を掛け合っていた。
二人とも、母さんチョイスの露出控えめな水着なのだが……隠しきれないプロポーションと、発光するような美肌が相まって、破壊力が凄まじい。
周囲の海水浴客の視線が釘付けになっている。
(……正直、エロいと思ってしまう高校二年生の夏)
俺がドギマギしていると、隣から荒い鼻息が聞こえた。
「はぁ……いいのう、いいのう……」
じいちゃんが顔を真っ赤にしている。
熱中症か!? と思って見たら、ただのガン見だった。
そして親父も、サングラス越しにチラ見……いや、完全にガン見している。
「あらあら、仕方ないわねぇ」
母さんは呆れるどころか、「私のコーディネートが完璧だった証拠ね」と誇らしげに笑っていた。
やはり母強し。
ふと海面を見ると、金色の犬と小人の形をしたモヤが、プカプカと波に揺られていた。
イカヅチとヒューイだ。
目立つからと精神体になっているが、俺にしか見えないその光景はシュール極まりない。
青い空、白い雲、そして最高の家族と仲間たち。
俺は浮き輪に身を任せながら、空を見上げた。
「……最高だなぁ」
監視の目があるとかないとか、今はどうでもいい。
俺は心の底から夏を楽しんでいた。
――そして、太陽が西に傾き始めた頃。
俺たちは本日の宿、グランピング施設へと移動した。
そこで待っていたのは、涙が出るほど美味い肉と……ある「神様」との出会いだった。




