第88話 神々の収穫期と人類の進化
カイト兄さんの研究室。
俺は空間の裂け目から、湯気の立つピザの箱を取り出した。
「ほら、お兄ちゃんも食べなよ。こないだの『ピザの日』の残りだけど」
「……おいヒロ。今日はピザの日じゃないだろ?
それに、なんで焼きたてなんだ?」
お兄ちゃんが呆れた顔で箱を受け取る。
俺はニヤリと笑って、自分の分のコーラを開けた。
「ふふふ、僕にはそんなの関係ないんだよ兄さん。
空間魔法で『時間ごと』凍結保存しておいたからね。
俺の空間内では、いつだって今日はピザの日なんだ」
「……お前、その神の如き力をデリバリーピザのために使うのか」
「便利でしょ?」
俺たちはジャンクフードを囲みながら、少し前の「伊勢での出来事」について話し始めた。
あのアマテラスとの遭遇を経て、俺にはずっと引っかかっていることがあったのだ。
「ねえ、俺、何度か『地球の核』に触れたことあったじゃん?」
俺はピザを齧りながら切り出した。
「その時の地球の核って、すごく強大なのに純粋で、温かかったんだ。
無償の愛っていうか……ただそこに在るだけで安心するような」
『ええ。地球はこの星の全ての母ですから、懐が深いですのよ』
実体化したフレアが、紅茶を飲みながら同意する。
「でもさ、今回の『太陽神アマテラス』は全然違った。
冷たくて、計算高くて、俺たちをシステムの一部としか見ていない感じだった。
……太陽にも地球と同じように『核』があるはずだよね?
アマテラスって、本当に『太陽の核の化身』なのかな?」
俺の疑問に、お兄ちゃんが顎に手を当てた。
「確かに。科学的に言っても、太陽は自ら莫大なエネルギーを生み出す核融合炉だ。
人間ごときの信仰エネルギーを欲しがるとは思えないな」
「だよね。
なんかこう……『太陽そのもの』じゃなくて、太陽のエネルギー利用権を独占している『管理者』みたいだった」
俺の漠然とした感想に、ソファで寝そべっていたイカヅチが反応した。
『ほう、鋭いではないか』
イカヅチは金色の瞳を細めた。
『その通りだ。奴らは星そのものではない。
星の威光を借りて、人間を支配するシステム……それが「神」と呼ばれる連中の正体よ』
「システム、か……」
「でも、なんで今になって急に活発になったのかしら?」
エレノア先生が疑問を投げかける。
「昔から教会はあったけれど、ここまで直接的に神が干渉してきたり、世界中で聖女が乱立するなんて異常よ」
『簡単なことだ』
イカヅチが鼻を鳴らした。
『貴様ら人間が、別の生き物に「進化」したからだ』
「進化?」
『うむ。古くからシャーマンとか陰陽師、あるいは霊能者と呼ばれる連中はいた。
奴らは魔法を使えたが、人類全体から見ればごく少数派の突然変異だ。
だが今はどうだ?
学校で魔法を教え、誰もが当たり前のように魔力を使っている』
イカヅチは俺たちを指差した。
『魔法を使える前の人類と、後の人類。
その生き物が持つ魂のエネルギーの総量は、天と地ほどの開きがある。
言うなれば……人類全体が「魔法使い」という種族に進化したと言ってもいい』
「あ……」
俺は納得した。
昔の人間が「乾電池」だとしたら、今の人間は一人ひとりが「原子炉」みたいなものか。
『神にとって、信仰とは極上の食事だ。
今の人類は、かつてないほど脂が乗って美味い。
だから奴らは必死になって収穫しようとしているのだ。
聖女という名の「集音マイク」を増やしてな』
「……なんか、すげぇ腹立つな」
俺はピザを置いた。
家畜扱いされているのもムカつくが、それ以上に許せないことがある。
「だって魔法はさ、本来大気中の『微精霊』や、イカヅチたち『精霊』の力を借りて成り立ってる現象だろ?
現場で力を貸してくれてるのは精霊たちなのに、なんでふんぞり返ってる神の手柄になってんのさ。
それってただの横領じゃん」
俺が精霊の友として憤ると、フレアが優雅にカップを置いた。
『ありがとう、ヒロ。その言葉だけで救われますわ。
……ですが、悔しいけれど奴らの方が「一枚上手」でしたのよ』
「フレア?」
『私たち精霊は、愚直にその場その場で力を貸すだけ。
けれど奴らは、「信仰」というシステムを作り上げ、人間の精神を掌握しましたわ。
ビジネスモデルとして、あちらの方が完成されていたのです』
「……ずる賢いってことか」
俺はため息をついた。
そして、もう一つ、どうしても解せないことがある。
「なぁ。アマテラスってさ、日本神話だと『至高神』だろ?
最高位の神様、なんだよな?」
『うむ。そのように伝わっておるな』
「『至高』の存在なのに、人間からエネルギー巻き上げないと存在できないの?
……それってなんか、すごく滑稽っていうか、卑しくない?」
俺は素直な感想を口にした。
本当に凄い存在なら、人間なんて歯牙にもかけないはずだ。
必死に「信仰しろ」って言ってくる時点で、なんか余裕がないというか、三流臭い。
『ククク……! 言うようになったなヒロよ』
イカヅチが愉快そうに喉を鳴らした。
『その通りだ。
ヒロよ、神話に振り回されるな』
「え?」
『神話など、神が人間に作らせた「設定資料集」に過ぎん。
自分たちを偉く見せ、効率よくエネルギーを集めるためのな』
イカヅチの目が、怪しく光った。
『至高神だの全知全能だの、そんな肩書きはただの集金用の看板だ。
おそらく、太陽神の奥には……もっと根源に近い「何か」がいるはずだ』
「……黒幕がいるってこと?」
『さあな。だが、太陽があるなら、月もある。
光があれば影がある。
我の勘だが……奴らの支配構造は、そう単純ではない気がするぞ』
研究室に沈黙が落ちた。
アマテラスですら、末端の管理職に過ぎないのかもしれない。
そんな底知れない恐怖を感じつつ、俺は冷めたピザをコーラで流し込んだ。
「……ま、向こうから来ない限りは関係ないか!」
俺は努めて明るく言った。
これ以上考えても、今の俺にはどうしようもない。
「ごちそうさま! 次はデザートでも食べようよ」
俺が話題を変えると、みんなも「そうだな」と苦笑いして日常に戻った。
窓の外には、月が白く浮かんでいた。
その静かな光が、次の波乱を予感させていることになんて、俺はまだ気づいていなかった。




