第159話 有耶無耶な霧と老害フェニックス
「……うーん」
カリフォルニア、レッドウッドの森。
大霊木の下で胡座をかいた俺は、周囲を漂う『微精霊』たちと地道な対話を続けていた。
彼らの放つ「嬉しい」「心地よい」といった微かな感情の波はなんとなく感じ取れる。だが、亀じいのように、明確な『会話』のレベルには程遠かった。
「(ちっさい時は、もうちょっと感覚的に会話ができてたような気がするんだけどな……気のせいか?)」
大人になるにつれて、人間の脳は論理的になり、純粋な感覚が鈍っていくと聞いたことがある。あの頃の無邪気な感覚を取り戻すには、少し時間がかかりそうだ。
『王よ』
俺が少しもどかしさを感じていると、背後から大角鹿が声をかけてきた。
『広場に、『霧の精霊』が謁見に参っております』
「霧の精霊? あぁ、確かにここのところ、レッドウッドは霧が濃いよな」
レッドウッド国立公園の夏場(七〜八月)は、海からの湿った空気が流れ込み、深い沿岸霧(海霧)に包まれることが多い。生態系として霧の精霊がいるのは自然なことだ。
「でも、なんで突然『ここに』謁見なんかに来たんだ?」
『……ハァ』
大角鹿が、とても疲れたようなため息をついた。
『先日、王がパスを繋がれた光の精霊のルクセルがおりましょう? あやつが、世界中の精霊たちに向けて「精霊王がレッドウッドで修行に入られた! 各々謁見に向かうように!」と、超高速で一斉送信して回っているのです』
「迷惑な新入りだな!!」
俺は頭を抱えた。スマホに仕事を奪われて承認欲求に飢えていたインフラ精霊、張り切りすぎである。
「あー、そっか。わざわざ来てくれたなら、早く会わないとな」
俺は立ち上がり、大霊木の前の広場へと向かった。
そこには、俺の想像とは少し違う光景が広がっていた。
「ええい! 遅いぞ!!」
広場の中央で偉そうにふんぞり返っていたのは、霧ではなく、燃え盛る炎を纏った巨大な『火の鳥』だった。
そして、その火の鳥の背後で、白い何かが、ブルブルと怯えるように縮こまっている。
「(……霧の精霊って、こんなに偉そうで熱苦しいのか?)」
俺が困惑しながら近づくと、火の鳥がバサァッ!と翼を広げて威嚇してきた。
『前精霊王の遠縁たるこのワシに挨拶にも来んで、何が謁見か! ワシこそは再生と復活の精霊、ガーライル・ヴァン・デルニクスである!』
「えっ、あ、霧の精霊じゃないのね」
俺が拍子抜けしていると、後ろの白いモヤモヤが震える声で口を開いた。
『わ、わたひ、は……私なんかは、あとからでいいですぅ……』
どうやら、偉そうな親戚のオジサン(火の鳥)に順番を抜かされて、オドオドしているらしい。
「おい、じじい」
俺はジト目で火の鳥――ガーライルを睨みつけた。
「俺は今、霧の精霊と挨拶に来たんだ。順番を守れよ」
『き、貴様っ! ワシの力が欲しかろう!? 万物を癒やす再生の炎が!』
「あ、それならもう発現してるから、そういうの間に合ってる」
『なっ……!?』
俺が冷たくあしらうと、ガーライルはショックで固まった。
「そもそも前王の遠縁とか知らないし、俺は新しい精霊の体系を作ろうとしてるんだ。そういう古い権威とかいらないから。……なんだか、順番抜かしのクソ老害みたいだぞ」
『ク、クソ老害……ッ!?』
精霊王としての一歩引いた、落ち着いたトーンでのマジレス。
ガーライルがワナワナと震えるのを放置して、俺は奥で縮こまっている霧の精霊に優しく語りかけた。
「ごめんな、待たせて。君の話を聞かせてほしい」
『ひっ……は、はいぃ。わ、私は霧の精霊です。このレッドウッドでは、雨の代わりの水分補給の役割をしています……』
霧の精霊は、モジモジとしながら自分の能力を説明し始めた。
『本来の私の能力は……魔法を『有耶無耶』にする魔法です』
「なんだそれ?」
『一見、謎の魔法に見えるんですけど……ジャミングや偽装に近い能力です。ありとあらゆる魔法のベクトル(方向性や威力)を霧で拡散させることで、相手の魔法の方向性を有耶無耶にするんですぅ……』
――バチッ!!
その説明を聞いた瞬間。俺の脳内で、最強の戦術パズルがカチリと音を立てて組み上がった。
「(……ってことは)」
相手がどれほど強力な大魔法や圧縮された炎を撃ってきても、まず『霧』でそのベクトルを拡散・ジャミングして威力を有耶無耶にする。
そして、バラバラになった魔力を、グレイアムの『灰の魔法(魔力の濾過)』のフィルターに通せば――。
弱点だった「一点集中の高火力」を完全に防ぎきれる、絶対無効化の防御システムが完成する!!
「それだよそれ!! めちゃくちゃ面白い能力じゃん!!」
俺は興奮して、霧の精霊の手をガシッと握った。
「ぜひ俺に習得させてくれ! めちゃくちゃ強力な無効化魔法になり得るぞ!」
『ひゃわっ!? わ、私の力でよければ、なんなりとぉ……!』
霧の精霊が感極まってパァァッと白く輝く。
すると、放置されていた火の鳥が、たまらず声を上げた。
『お、おいっ! ワシを置き去りにするな!!』
「いや、だから順番だって。……それで、デルニクスさんはどんな魔法を教えてくれるんですか? 俺、さっきも言った通り再生の炎なら使えますよ?」
俺が振り返ると、ガーライルは悔しさを誤魔化すように「ふんっ」と鼻を鳴らし、尊大な態度で言い放った。
『ふ、青二才が。貴様が使えるのは、致命傷を負った時に『自身にしか』発動しない自己再生であろう?』
「え? まぁ、そうですけど」
『他者に使えてこそ、再生と復活の象徴たるフェニックスよ! 元の先代精霊王のレベル(強制再生の即死魔法)にまではワシの力では連れて行けんが、他人の怪我を治す『回復魔法』としてなら、それなりに教えてやるわ!』
「(強制再生で消滅させる能力なんて絶対にいらないけど……他人の怪我を、治せる!?)」
それは、俺にとって、喉から手が出るほど欲しかった『守るための力』だった。
「えっ!! マジか!? めちゃくちゃありがたい!!」
『お、おう?』
俺はガーライルの前に進み出て、深々と、直角に頭を下げた。
「さっきは『クソ老害』とか言って本当にごめんなさい!! ぜひご指導よろしくお願いします、ガーライル先生!!」
『……』
一瞬の躊躇いもない、見事なまでの手のひら返し。
あまりの変わり身の早さにガーライルは一瞬呆気に取られていたが、やがて「ふんっ」と満更でもない様子で胸を反らした。
『……フハハハッ! まあよい! 変なプライドを持たず、偉大なる先達の力には素直に頭を下げる! それでこそ、ワシが認めてやるに相応しい王の器よ! 光栄に思うがいい!』
「ありがとうございます先生! さすがは前王の遠縁、器がデカい!!(棒読み)」
『うむ、うむ! ワシの指導は厳しいぞ!』
ベクトルの有耶無耶による『絶対防御』と、他者への『回復魔法』。
ルクセルのなんとも迷惑なスパム通信のおかげで、俺の魔法修行と手札の強化は、信じられないハイスピードで順調に進んでいくのだった。




