第157話 究極の広告塔
都内某所にある、巨大な撮影スタジオ。
俺は今日、薬師寺グループが社運を賭けて展開する主力製品――ジェンゴの村の奇跡の地下水と自生植物から精製された究極の化粧水『砂漠の雫』のCM撮影に立ち会っていた。
これまでも、フレアが薬師寺グループの広告モデルを務める関係で、何度かこういう現場には来ている。
ただ、プロの仕事の邪魔になるだろうと、いつもは豪華な控室で高そうなお茶とお菓子を食べて過ごしていたのだ。しかし今日は、「俺の稼ぎ頭たちがどうやって働いているのか見てみよう」と、初めてメイクルームから見学させてもらうことにした。
「いやぁ……フレア様、相変わらず凄まじいですね」
鏡の前に座るフレアの頬にパフを当てながら、プロのメイクさんが深いため息をついた。
「この業界に長くいますけど、こんなに毛穴一つない完璧なお肌、他に見たことがないですよ。お化粧の必要が全くないくらいです。……これ、もう『レタッチャー』いらないんじゃないですかね?」
「レタッチャー?」
聞き慣れない横文字に、俺は首を傾げた。
「ああ、ヒロ君は知らないよね。レタッチャーっていうのは、撮影した後の写真や映像をパソコンで修正する職人さんのことだよ。モデルさんの肌の粗とか、見えちゃいけないものを綺麗に消してくれるんだけど……フレア様とシラユキ様のお肌は、8Kカメラで限界まで拡大しても、修正する場所が1ミリもないのよ」
メイクさんが興奮気味に語る。
俺は曖昧に笑いながら、心の中で「(そりゃそうだ、俺の魔力で顕現させてる精神体だからな……)」とツッコミを入れた。俺のイメージする『理想の美』がそのまま出力されているのだから、物理的な粗などあるはずがない。
「その通り! 彼女たちこそ、究極の理想の存在ですわ!」
メイクルームの扉が開き、ビシッとスーツを着こなした薬師寺アリサ先輩が、謎のキラキラしたオーラと共に登場した。
「もちろん、精霊様たちを広告塔に起用するメリットは、その圧倒的な美貌や肌の綺麗さだけではありません。最大のメリットは……絶対に『不祥事』を起こさないことですわ!!」
企業のトップとして、あまりにも切実すぎる理由だった。
確かに、週刊誌に撮られる心配も、SNSで炎上するリスクもゼロである。最強のモデルだ。
「さあヒロさん、スタジオへどうぞ! 我が薬師寺製薬の本気をお見せいたしますわ!」
薬師寺先輩に案内され、巨大なスタジオに足を踏み入れた俺は、思わず「えっ」と声を漏らした。
都内の屋内スタジオのはずなのに。そこにはなんと、何トンもの大量の砂が運び込まれ、物理的な『本物の砂丘』が建造されていたのだ。
「す、すげー……! えっ、こういうのって、今はグリーンバックで撮影して、後からCGで合成するんじゃないんですか?」
「ヒロさん。我が薬師寺グループの今後の屋台骨となる主力製品に、そんな安っぽい手抜き演出はあり得ませんわ。本物の砂漠で、本物の潤いを表現しますの!」
薬師寺先輩の尋常ではないこだわりに、俺はただただ圧倒されるばかりだった。
◇
撮影が始まると、フレアはさすがの一言だった。
すでに何度かモデルを経験している余裕もあり、カメラマンの要求に対して完璧なポージングと表情を見せる。砂漠のセットに、燃えるような金髪と深紅のドレスが絶烈に映えていた。
「素晴らしい! さすがフレアお姉様ですわ!」
薬師寺先輩も大絶賛だ。
問題は、今回が初めてのモデルとなる水の精霊・シラユキだった。
『……このように立てばよろしいのでしょうか?』
砂丘のセットの上に、純白のドレスを纏ったシラユキが静かに佇む。
姿勢や立ち振る舞いは、息を呑むほどに美しく完璧だ。だが、問題はそこではなかった。
「はい、じゃあストロボ焚きます! スリー、ツー、ワン……カシャッ!」
強烈な照明がシラユキを照らし出した瞬間。
カメラマンが、モニターを見て「あっ」と固まった。
「だ、ダメだ! 肌が白すぎて、完全に飛んでる!!」
「えっ?」
「ストロボの光を反射しすぎだ! モデルさんの肌が白すぎて、モニター上で完全に『発光してる』ように写っちゃってるぞ!!」
そう。シラユキの元々の肌が雪のように白く、そして透明すぎたため、強い照明を当てるといわゆる『白飛び』を起こしてしまったのだ。
「照明部! ディフューザー(光を和らげる布)二重にして! フレアさんとの光量のバランスがおかしくなるから、こっちのライトは少し落として……!」
まさかの『本人が白すぎる』というハプニングに、プロの現場が一時騒然となる。
しかし、そこはさすがプロのカメラマンと照明技師たちだった。数回のリテイクと細かな光量調整の末、シラユキの奇跡的な透明感と、フレアの情熱的な美しさを、見事に一枚の絵の中に写し撮ってみせたのだ。
「オーケー! バッチリです!!」
人間のモデルなら、肌の調子や機嫌、光の調整で丸一日かかっても終わらないような撮影が、大精霊たちの圧倒的ポテンシャルにより、ものの数時間でスムーズに終了してしまった。
「完璧ですわ! すぐに編集に回し、数週間後には全国ネットで大々的に放映いたします!」
ガッチリと握手を交わす俺と薬師寺先輩。
俺は「二人とも、本当にお疲れ様」と稼ぎ頭たちを労いながら、大満足でスタジオを後にするのだった。
◇
それから、数週間後のこと。
レッドウッドの別荘で魔法因子の作成に四苦八苦していた俺のスマホに、宮崎の実家の母さんからご機嫌な声で電話がかかってきた。
『もしもしヒロ? テレビ見たわよ!』
「ああ、デザート・ドロップのCM?」
『そうそう! 今回はシラユキちゃんまで出てるじゃない! 二人とも本当に綺麗で、よかったわぁ!』
もはや完全に「東京で頑張っている娘たち」を見るようなテンションである。
『おかげで、またお母さん化粧水買っちゃったわよ! お父さんも使い始めてねえ……』
「父さんまで!?(笑)」
今年もきっちりと売上に貢献(購入報告)してくる実家の愛に、俺は思わず吹き出してしまった。
並行世界を巡る過酷な研究の裏で。俺の周りでは、今日もどこまでも平和で賑やかな日常が続いていた。




