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第154話 陰キャすぎる最強の闇

 太平洋の深海にそびえ立つ、水の精霊たちの城『竜宮城』。

 この光り輝く海底の楽園に滞在して、早くも数週間が経過しようとしていた。


「(……ヤバい。帰りたくない……)」


 ふかふかの巨大なイソギンチャクのソファに寝転がりながら、俺は本気で現実逃避を始めていた。

 朝起きては、マーマンたちが運んでくる特上のマグロやウニを五島列島の甘口醤油で平らげ、昼間は美しい人魚たちの踊り(目の保養)を眺め、夜はシャチやクラゲたちとどんちゃん騒ぎの宴会。

 大学一年生という、人生で最もアクティブであるべき時期に、俺は完全なる『食っちゃ寝生活』を極めていた。


『……王よ』


 ソファでゴロゴロしながらアワビを齧っていた俺に、隣に控えていたシラユキが、ジト目で冷ややかな視線を送ってきた。


『ここ数週間、ずっと動かずに海の幸ばかり召し上がっていますが……。少し、お腹周りが丸くなられましたか?』

「……ブフゥッ!?」


 俺はむせて、思わず自分の腹をつまんだ。

 ……つまめた。今まで引き締まっていたはずの腹筋の上に、確かな『柔らかいお肉』が鎮座している。


「嘘だろ……。俺、太ったのか!?」

『毎日あれだけの量を食べて動かなければ、当然の摂理ですわ』

「こ、これが竜宮城の真の狂気……! おとぎ話の浦島太郎は時間を奪われたけど、俺は時間の代わりに『恐ろしい量のカロリー』を付与され続けていたのか!」


 戦慄する俺。このままでは神殺しの精霊王ではなく、ただの深海のトドになってしまう。


「い、いかん! 自堕落な生活は今日で終わりだ! 次の精霊を探しに行くぞ!」


 慌てて立ち上がった俺は、大広間にいた水の精霊の長(巨大な海竜)の元へ駆け寄った。


「長! この海に、水属性以外の珍しい精霊は住み着いていないか!?」

『おお、王よ! それならば、さらに深い海の底……光が一切届かぬ『海溝の最深部』に、古くから【闇の精霊】が引きこもっておりますぞ』

「闇……!」


 俺の心の中の、男子特有の中二病がピクリと疼いた。

 そういえば、以前戦った聖女は『光の魔法』を使っていたし、日本の神であるツクヨミも夜(闇)を司る存在だ。闇の精霊がいてもおかしくはない。


「よし! シラユキ、その闇の精霊を探しに行くぞ!」


 カロリー消費ダイエットも兼ねた、深海探索の旅が始まった。

 ……が、太平洋の海溝はあまりにも広く、闇の精霊はそう簡単には見つからなかった。

 数週間にわたって竜宮城を拠点に暗闇の海を探索し続ける羽目になり、しかも城に帰るたびに「王よ! お疲れでしょう、もっと食え!」と豪華な魚料理が出され続けるため、俺の体重への焦りは日増しに募っていった。


          ◇


 そして、探索開始から三週間後。

 シラユキの特製泡シェルターに包まれた俺は、一切の光が存在しない、マリアナ海溝のような最深部のどん底に辿り着いていた。


「……おい、シラユキ。あそこの岩陰……」

『……ええ。おりますね』


 暗闇の底で、それはヒザを抱えるようにしてうずくまっていた。

 死神のようなボロボロの黒いローブをすっぽりと被り、そこから覗くのは、巨大なタコのような、あるいは西洋の悪魔のような異形の触手。

 クトゥルフ神話からそのまま飛び出してきたような、おぞましいビジュアルだった。


『王! 悪魔が出ました!! 気をつけてください!!』


 シラユキが俺の前にスッと立ち塞がり、氷の魔力を展開して最大限の警戒と敵意を向けた。

 すると。

 そのタコ型の悪魔(闇の精霊)は、ビクゥッ!と体を震わせ、ローブの奥からウジウジとした声でボヤき始めた。


『……悪魔だなんて……人聞き悪い……。なんだよ……お前ら……』

「えっ?」

『僕のプライベート空間に勝手に入ってこないでよ……。眩しい……オーラがキツい……』


 ボロボロのローブの悪魔は、俺たちを見るなりモジモジと後ずさりを始めた。

 なんだこいつ。ものすごく陰気だ。


「ええと、驚かせてごめん。俺は今代の精霊王なんだけど――」

『……精霊王ぉ? うわぁ……一番眩しいやつじゃん……。こっち来るなよ……用が済んだら早く帰れよ……僕はお前が好きじゃないんだ……』


 精霊の頂点たる俺に対し、恐れるどころか「関わりたくない」という極度の陰キャムーブをかましてきた。

 威厳たっぷりのツクヨミとは属性こそ似ているが、タイプが完全に真逆である。


「でも、お前『闇の精霊』なんだろ? すげー強そうな響きだけど、やっぱり光の魔法が弱点だったりするのか?」


 俺が尋ねると、闇の精霊はローブを深く被り直し、ボソッ……と呟いた。


『……何と比べているのか分からないが……闇の魔法は最強……ボソッ』

「え?」

『僕の『ブラックホール』から……光は逃げられない。光は闇から逃れられないんだ……』


 ブラックホール!?

 俺は耳を疑った。


「お前、ブラックホールとか作れるの!? もしかして、重力魔法!?」

『……僕の力は、超重力だけじゃない。宇宙を膨張させるダークエネルギー(斥力)や、ダークマターも領域さ……。本来は宇宙の深淵にいるべきなんだけど……この星の地上は、太陽が明るすぎて眩しいから……一番暗い深海に引きこもってるんだ……』

「最強じゃんそれ!!」


 俺は興奮して身を乗り出した。

 重力と斥力、そして暗黒物質。それは地球という枠を超えた、宇宙規模の究極エネルギーだ。イカヅチの雷やヴァルザードの炎すら凌駕する、正真正銘の『最強格』の能力である。


『……フフッ。そうさ……その気になれば……』


 闇の精霊が、触手をウネウネと動かしながら、少しだけ得意げに語った。


『その気になれば、この星ごと、太陽系ごと、ブラックホールに沈めることができる……』

「うおおおっ! 規模がデカすぎる!!」

『……(まあ、使ったら僕もブラックホールに吸い込まれて死ぬけどね……)』

「使えねーじゃん!! びっくりさせんなよ!! 一緒に死んでどうするんだよ!!(笑)」


 最強の宇宙規模魔法。

 スケールがデカすぎるくせに、実用性が完全に破綻している。


「はぁ……まあいいや。とりあえず、魂のパスを繋がせてもらうぞ。精霊王として、お前の力も必要なんだ」

『……パスは繋ぐさ……精霊王だから、仕方ない……』


 闇の精霊は、ローブからぬるりとした触手を一本伸ばし、渋々といった様子で俺の魔力とパスを繋いだ。

 ズンッ……と、俺の魂の奥底に、底なし沼のような圧倒的な闇の魔力が流れ込んでくる。間違いなく、俺がこれまで繋いできた精霊の中でも桁違いの力だ。


『……でも!』


 パスを繋ぎ終えた闇の精霊が、俺に向かってビシッと触手を突きつけた。


『基本的に、僕に用があっても絶対に呼ばないでね……! 自分でなんとかしろ。精霊王だろ? 僕なんかを頼るな……人と関わるの、疲れるから……』

「精霊王に対する忠誠心ゼロかよ!!」


 圧倒的な最強の宇宙魔法を手に入れたはずなのに、全くもって頼りにならない限界陰キャ精霊。

 俺は深海のどん底で、これまでにないほどの盛大なツッコミを響かせるのだった。

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