第133話 五島列島の歓迎
新年、明けましておめでとう。
昨晩の暴力的なカロリーの饗宴(すき焼き&大トロ)から一転、元旦の朝の食卓は実に静かで厳かなものだった。
「はい、お雑煮よ。お餅は昨日、お父さんとジェンゴ君がついてくれたやつだからね」
母さんが、湯気を立てるお椀をテーブルに並べていく。
澄んだ出汁の香りと、焼いた餅の香ばしい匂い。大晦日の暴食で疲れた胃袋に、スッと染み渡るような優しい朝食だ。
「……美味しいです。僕の筋肉が作り上げたお餅が、こんなに優しく伸びるなんて……」
ジェンゴが、ビヨーンと伸びる餅を噛み締めながら感動している。
昨日の今日なので、無事に魂が肉体に戻って本当に良かったと心から思う。
「さて、二人とも。今年もよろしくね」
食事が一段落したところで、母さんがニコニコしながら俺と兄さんに小さな封筒――ポチ袋を差し出してきた。
「はい、お年玉」
「お、サンキュー」
「ありがとうございます、母さん」
俺と兄さんが受け取ると、母さんはそのまま、ジェンゴとエレノア先生の前にも同じようにポチ袋を置いた。
「ジェンゴ君とエレノア先生も、はい。少ないけどお年玉よ」
「えっ?」
ジェンゴが、ポチ袋と母さんの顔を交互に見比べた。
「お、おとしだま……? お金、ですか? 僕、お母様から報酬をもらうような任務はしていませんが……」
「違う違う。これは任務の報酬じゃなくて、新年を祝う日本のお小遣いみたいなものよ。縁起物だから、遠慮しないで受け取ってちょうだい」
母さんが笑って言うと、ジェンゴはビシッと姿勢を正した。
「そ、そういうことでしたら……! ありがたく頂戴いたします! このご恩は、いずれ必ず戦果にてお返しします!」
「戦果はいらないから、美味しいものでも食べてね」
真面目すぎるゼノビアの元少年兵に対し、隣に座っていた大人は違った。
「あら、いただけるものはいただいておくわ♪」
エレノア先生は、悪びれる様子もなくチャリンとポチ袋を懐に収めた。
「ちょっと先生、あんた立派な社会人(教師)だろ。図々しいにも程があるぞ」
「何言ってるのヒロ。郷に入っては郷に従えよ。異文化交流の素晴らしい第一歩じゃない」
涼しい顔でお茶を啜る先生。
この人、どこに行っても絶対に生きていけるな。
◇
朝食とおせち料理をつまんだ後、俺たちは宮崎の実家を出発した。
車とフェリーを乗り継ぎ、九州を横断して長崎県の西に浮かぶ島――五島列島へと向かう。父さんの実家があり、俺たちの祖父が住んでいる場所だ。
「潮の香りがするわね。海を見るのは久しぶりだわ」
フェリーの甲板で、エレノア先生が海風に金糸の髪を揺らしながら目を細めている。ジェンゴも「海が……広いです」と、手すりから身を乗り出して感動していた。
のどかな船旅を終え、港に到着。
そこから少し歩くと、海沿いの集落にある祖父の家が見えてきた。
「じいちゃん、明けましておめでとう。遊びに来たよ」
「おお! ヒロ、カイト! よく来たな!」
祖父の家へ到着し、挨拶を済ませた俺は、亜空間の裂け目から大きな風呂敷包みをいくつか取り出した。
「じいちゃん、これ昨日、実家で俺たちがついた餅。近所の人たちにも配るよ。今年もよろしくって」
「おお! ヒロたちのお手製か! そりゃあ縁起がいい!」
祖父が嬉しそうに笑った、その時だった。
「おい見ろ! 一之瀬んとこのヒロ君が、またすげぇの連れて帰ってきたぞ!!」
通りかかった近所の漁師のおじさんが、大声を上げた。
その一声で、静かだった集落の空気が一変した。
ガラッ、ピシャッ、とあちこちの家の窓や戸が開き、島民たちがわらわらと集まってくる。
(……デジャヴだ)
俺は嫌な予感に頭を抱えた。
以前、夏の帰省でフレアとシラユキを連れてきた時と、全く同じ展開じゃないか。
「金髪のべっぴんさんや! ヒロ君、今度は外人の嫁さんもらってきたんか!」
「違う! 学校の担任の先生! こっちのデカいのは留学生の友達!」
「プロレスラーのボディガードじゃなかとね! お兄ちゃん、ええ体しとるなぁ!」
ジェンゴの筋肉を見た漁師のおじさんが、バシバシとその背中を叩く。
「昨日、その餅をついてくれたのは彼だよ」
俺が風呂敷包みを渡しながら言うと、島民たちの目がパァッと輝いた。
「この兄ちゃんが!? そりゃあ力強いええ餅だ! ありがとうな! ……よし、そのお返しじゃ! ほれ、ウチの五島うどん持ってけ!」
「先生もわざわざ遠いとこからよく来たねぇ! ウチの『かんころ餅』も食うか!? あと、さっき揚がったばっかりのブリもあるぞ!」
「えっ、あ、ありがとうございます……!」
「まあ、名産品かしら? 遠慮なくいただくわ」
俺たちの配った餅をキッカケに、田舎特有の「お返しの無限ループ」が発動した。
怒涛の勢いで押し付けられる特産品の数々。五島うどんの乾麺、名物のサツマイモのお餅『かんころ餅』、特産の椿油、そして発泡スチロールに入れられた丸々太ったブリやヒラマサ。
「おいヒロ君、外人の先生にウチのミカンも持たせちゃれ!」
「ちょっと待って、これ以上は俺の収納空間でも……いや、入るけど! 底なし冷蔵庫じゃないんだぞ!」
俺が文句を言いながら次々と空間の裂け目に放り込んでいくのを、島民たちは「おー、相変わらず便利な手品やなぁ」とゲラゲラ笑いながら見ている。
過剰な歓迎(洗礼)を受け、一通り集落のパニックが落ち着いた頃には、すっかり日が傾きかけていた。
「ヒロさん……」
両手いっぱいに干し芋(かんころ餅)を持たされたジェンゴが、戦場帰りのような顔で息をついた。
「僕たち、お餅を少しお渡ししただけなのに、こんなにたくさん頂いてしまっていいんでしょうか……?」
「いいんだよ。田舎の物々交換みたいなもんだから、ありがたく受け取っとこうぜ」
俺が笑って答えると、先生も椿油の瓶を抱きしめながら「わらしべ長者ね……」と呆然と呟いていた。
「ガッハッハ! お前は本当に人気者だな、ヒロ!」
祖父も縁側で腹を抱えて笑っていた。
兄さんに至っては、騒動から一歩引いた特等席で、じいちゃんと一緒にお茶を啜っている。助ける気はゼロらしい。
「……ふぅ。疲れた」
俺は苦笑しながら、茜色に染まる海を見つめた。
さて、島民への挨拶という名の防衛戦は終わった。
――いよいよ今夜。
この豊かな自然が残る島のどこかにある、『風の精霊の里』への扉を開く時だ。




