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第130話 精霊王の答え合わせ

 深夜。

 今山での途方もない対話を終え、実家に帰還した俺たちは、泥のように眠りについていた。

 ジェンゴは客間で大いびきをかき、兄さんとエレノア先生もそれぞれの部屋で静かに寝息を立てている。無理もない。地球の核という巨大すぎるエネルギー体と直接コンタクトを取ったのだから、精神的な疲労は計り知れないだろう。


 だが、俺だけはベッドの中で一人、ぱっちりと目を覚ましていた。


(精霊王の、生まれ変わり……)


 地球の核から突きつけられたその真実が、頭の中でグルグルと回っている。

 確かめなければならない。俺と一番近くにいる、彼らに。


 俺は布団の中で、相棒である『銀杖』をそっと握りしめた。

 目を閉じ、呼吸を整える。

 以前、精神体として『召喚空間』にダイブした時は、無理やり意識を引っ張り出されるような強烈な負荷があった。だが、自分の魔力に馴染んだ銀杖という触媒がある今は違う。

 水の中にスッと潜るように、俺の意識は肉体を離れ、驚くほどスムーズに深い階層へと移行していった。


          ◇


 目を開けると、そこは星空のような無数の光の粒子が漂う、広大な『召喚空間』だった。


「おや、ヒロじゃないか」


 ふわりと風が吹き、緑色の髪をした少年の姿――風の精霊ヒューイが舞い降りてきた。

 続いて、豪快な雷鳴と共に巨大な雷獣・イカヅチが姿を現し、紅蓮の炎の中からお嬢様姿のフレアが、そして氷の結晶を舞い散らせながら和装のシラユキが静かに歩み寄ってくる。


 俺と契約を交わした、4体の精霊たちだ。


「なあ、お前たちに聞きたいことがあるんだ」


 俺は単刀直入に切り出した。


「俺……『精霊王』の生まれ変わりなんだって。さっき地球の核から聞いてきた。……お前ら、知ってたんだろ?」


 俺がジト目で睨むと、精霊たちは顔を見合わせた。


「俺は若い精霊だから、前の精霊王に直接会ったことはないんだけどさ」


 ヒューイが後頭部を掻きながら、あっけらかんと言う。


「でも、ほかの精霊たちはみんな、ヒロの魔力に触れて『あいつが王だ』『間違いない』って言ってるしなー」

『なんだ、ヒロよ。とっくに気づいているものだとばかり思っていたぞ』


 イカヅチが、呆れたように鼻を鳴らす。


『呆れましたわ』


 フレアが扇子で口元を隠し、やれやれと首を振った。


『そもそも、シラユキが最初からあなたを「王よ、王よ」と呼んでいたじゃないですか。それに、以前、地球の核から「再生の炎」を直接譲渡されましたわよね?普通、その時点で「自分はただの人間じゃない」って気づきますわよ!』

「王は、王です。疑う余地などありません」


 シラユキが、一切のブレない澄んだ瞳で深く頷いた。


「い、いや……シラユキの『王』って呼び方は、そういう中二病的なあだ名だと思ってたし……! 俺はただちょっと空間魔法が得意なだけの、普通の魔法使いだぞ!?」

『その鈍感さには、時々頭が痛くなりますわね……』


 フレアが本気で溜息をついた。

 どうやら、俺が精霊王であることは、精霊界隈では『公然の秘密』どころか『周知の事実』だったらしい。恥ずかしい。


「でもさ、精霊王ってなんなんだ? そんなに偉いのか?」


 俺が素朴な疑問を口にすると、イカヅチが一歩前に出た。


『精霊王とは、我々万物の精霊の頂点であり、大自然の意志を束ねる者だ』

「頂点……」

『だが、誤解するなよヒロ。我々精霊の間に、人間が考えるような「絶対的な主従関係」はない』

「えっ、違うのか?」

『ああ。精霊王とは、すべての精霊から最も愛され、信頼される「親友」のような存在なのだ。王の頼みなら、我々は喜んで力を貸すし、王が笑えば我々も嬉しい。そういう、魂の繋がりだ』


 イカヅチの言葉に、他の精霊たちも深く頷いている。

 支配するのではなく、友達の延長線上。

 ……それなら、なんだか俺にもできそうな気がしてきた。少しだけ肩の荷が下りる。


「あの並行世界の俺たちに魔法の因子を配るためには、俺がちゃんとその『精霊王』として目覚めないといけないらしいんだ。でも、どうすればいいのか分からなくて」


 俺が悩みを打ち明けると、フレアが扇子をパチンと閉じた。


『それなら、たくさんの精霊たちに直接会いに行って、魂の繋がりを思い出すのが一番早いですわね。世界中に散らばる精霊たちを巡るのがよろしいかと』

「そういえばヒロ」


 ヒューイがふわりと宙返りをして、俺の目の前に顔を近づけた。


「今年も正月は、『五島のじいちゃんの家』に行くんだろ?」

「ああ。数日後には、親父の実家がある長崎の五島列島にフェリーで向かう予定だけど」

「ちょうどいいじゃん!」


 ヒューイがパッと顔を輝かせた。


「あの辺りの海域には、『風の精霊の里』に繋がる入り口の一つがあるんだよ。手始めに、風の長老たちに会いに行かないか? あそこのジジイたちなら、前の精霊王のことにも詳しいはずさ!」

「風の精霊の里……!」


 俺は思わず身を乗り出した。

 これまで俺から精霊を召喚することはあっても、精霊たちの住まう『里』に直接足を踏み入れたことはない。


「よし、決まりだな。数日後の帰省ついでに、五島列島でじいちゃんに挨拶しつつ、風の精霊の里に突撃だ!」

『ふふっ、賑やかなお正月になりそうですわね』

「王の行く道、どこまでも共に」


 フレアが微笑み、シラユキが恭しく頭を下げる。

 俺は精霊たちと笑い合いながら、意識を現実の肉体へと戻していった。


          ◇


 翌朝。

 冬の穏やかな朝日が差し込むリビングで、俺は朝食のトーストをかじりながら、兄さんと先生、ジェンゴに昨夜の決定を伝えた。


「――というわけで、数日後に五島列島に行ったら、そのまま『風の精霊の里』に挨拶に行ってくるよ」

「精霊の里!? またすごい単語が飛び出してきたわね!」


 先生がコーヒーを吹き出しそうになりながら目を輝かせた。


「ぜひ同行させてちょうだい! 純度の高い精霊たちが集う場所なんて、研究対象として最高じゃない!」

「僕も行きます! 精霊王の目覚めの儀式、この目で見届けたいです!」


 ジェンゴも朝からテンションが高い。

 だが、俺は申し訳なさそうに手を横に振った。


「気持ちは嬉しいけどさ。精霊の里って、物理的な場所じゃなくて『精神世界』なんだよ。普段から精霊が見えない二人には、入り口すら分からないと思う」

「えっ」


 先生とジェンゴが固まった。


「昨日の核へのダイブは俺がパスを繋いだイレギュラーだし……。里に入るには、自力で肉体から精神(魂)を切り離して、精神体になれないと無理だぞ?」

「……精神体に、なる」

「どうやるんですか、それ」

「座禅組んで、無我の境地に至るとか……?」


 俺が適当に言うと、兄さんが呆れたように溜息をついた。


「出発まで数日あるんだ。……ヒロ、お前が責任持って二人に特訓してやれ」

「ええー!?」


 冬休みの予定が、ただの帰省から「精霊王覚醒クエスト」へ。

 そしてその前に、「恐怖の精神体ブートキャンプ」へと大幅にアップデートされてしまった。


 それこそが、魔王への道。

 俺たちの騒がしいお正月は、まだ始まったばかりだ。

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