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第128話 地球の意識の小言

 夜。

 美味しい蟹鍋に舌鼓を打ち、とっておきの焼酎を前にワクワクしていた父さんには悪いが、俺たちはこっそりと実家を抜け出した。


 向かったのは、実家の近くにある小高い今山だ。

 冬の夜の山は、肌を刺すような冷たい風が吹き荒れている。街灯も少なく、足元は月明かりだけが頼りだった。


「ひ、ひぃぃぃ……っ」


 背後から、歯の根が合わない音が聞こえてきた。

 振り返ると、巨漢のジェンゴがガタガタと全身を震わせ、両腕をさすっている。


「ジェンゴ、お前そんなに立派な筋肉があるのに寒いの?」


 俺が不思議に思って尋ねると、ジェンゴは涙目で首を横に振った。


「ヒロさん、誤解です……。筋肉って、脂肪がないから熱が逃げやすくて、めちゃくちゃ寒いんですよ……! ゼノビアの夜の砂漠も冷えましたが、日本の冬の湿気を含んだ寒さは芯まで来ます……!」

「あー、なるほど。ボディビルダーは冬に弱いってやつか」


 俺は苦笑しながら、亜空間の裂け目に手を突っ込んだ。


「ほら、これ被っとけ」

「毛布!? ありがとうございます!」


 ジェンゴは俺が『収納空間』から取り出した分厚い毛布を受け取ると、ミノムシのように全身を包み込んだ。


「本当に何でもあるのね、あなたのその空間……」


 エレノア先生が呆れたように笑う。


「で? どうしてわざわざこんな夜中の山に登っているの?」

「ああ、ここにもうすぐ着きますよ」


 山頂付近の少し開けた場所。

 そこに、ひっそりと佇む巨大な石像があった。錫杖を持ち、静かに目を閉じている僧侶の姿だ。


「このお坊さん……誰?」

「弘法大師、空海だよ」


 俺は石像を見上げながら答えた。


「昔から、空海は悟りを開く中で『宇宙と一体になった』って伝承があるだろ? それってつまり、星の意思……『地球そのものの意識』に触れたってことじゃないかと思ってさ」

「なるほどね。霊的な繋がりを推測したわけね」

「ああ。試しにここで波長を合わせてみたら、ビンゴだったんだ。ここには地球の中心へ直結する、霊的なパスがある」


 兄さんが眼鏡を押し上げ、周囲の空気を確かめるように息を吐いた。


「よし、じゃあ繋げるよ。手でも繋ごうか」


 俺の提案に、四人で石像の前に円陣を組むようにして立ち、互いの手を握り合った。

 右手にはジェンゴの大きな手。左手には先生の細い手。


「目を閉じて、意識を地球の中心へ向けるんだ」


 俺は静かに魔力を練り上げた。

 足の裏から、地脈を通して地球のエネルギーを吸い上げる。いつもやっていることだが、今日はそれを自分の体の中だけで終わらせない。


 吸い上げた莫大なエネルギーを、繋いだ手を通してジェンゴへ、先生へ、そして兄さんへと循環させる。

 四人の魔力が一つに溶け合い、同期していく。


 ――ドクン。


 足元が、大きく脈打った気がした。


「……ッ!」


 視界が反転する感覚。

 いや、実際に落ちているのだ。物理的な肉体ではなく、意識だけが、地球の中心へ向かって猛スピードで沈んでいく。

 暗闇を抜け、灼熱のマグマの海を透過し、さらにその奥深くへ。


 やがて、強烈な光が視界を白く染め上げた。


          ◇


 目を開けると、そこは果てしなく続く真っ白な空間だった。

 上下左右の概念すら曖昧なその場所の中心に、直視できないほど眩しい、巨大な光の塊が浮遊していた。


『やあ、よく来たね』


 温かく、それでいて圧倒的な存在感を持つ声が、直接脳内に響いてくる。


『ジェンゴ! 自由になれてよかったね! ヒロに頼んで正解だったよ!』


 光の塊が、親しげにジェンゴに語りかけた。


「えっ? あ、はい……。ありがとうございます……?」


 ジェンゴは突然名指しされ、戸惑いながらペコペコと頭を下げる。

 しかし、光の塊のトーンが少しだけ変わった。


『でもね! 君の魔法はちょっと魔力を使いすぎだよ! もうすこし加減というものをだね……』

「えっ?」


 説教が始まりそうな空気に、ジェンゴが目を丸くする。

 そこで、隣にいたエレノア先生が「あー」と納得したように手を打った。


「なるほどね。何もない空間から、任意の金属や複雑な魔道具を創り出す『創造魔法』……。質量保存の法則を無視して、魔力というエネルギーを直接物質に変換しているんだもの。エネルギー保存則の観点から見たら、とんでもなく莫大で非効率なエネルギーを消費しているはずだわ」

「俺もそう思う。燃費最悪の魔法だよな」


 俺が先生の意見に同意すると、光の塊が『我が意を得たり』とばかりに大きく明滅した。


『そうなんだよ!!』


 声が少し大きくなる。


『君は息をするようにポンポン物を出してるけど、消費エネルギーが凄まじいんだからね! ヒロがたまに、魔力を譲渡して補ってくれてるから大目に見るけど、あれがなかったらもっと怒ってたよ! 君はもっと、ヒロに感謝した方がいいと思うよ!』

「な、なんで僕は、初対面の神様? に怒られているんでしょうか……」


 理不尽な説教を受け、ジェンゴがシュンと肩を落とす。


『神様じゃないよ』


 光の塊は、穏やかな口調に戻って言った。


『一般的な人間は僕のことを神と呼ぶかもしれないけど、ややこしいからね。僕は地球の核……地球の意識そのものだよ』

「地球の、意識……」

『そう。そして君は……ジェンゴ、君は僕の分身体の生まれ変わりなんだよ』


 その言葉に、ジェンゴが息を呑んだ。

 俺からは以前に説明してある。ジェンゴの村の人間たちも、薄々感づいていたことだ。

 だが、当事者である『地球の意識』から直接告げられた衝撃は、想像を絶するものだったのだろう。


「ヒロさんが言ってたのは……本当だったんだ。いや、嘘だとは思っていませんでしたが、まさか本当に、僕が地球の一部だなんて……」


 ジェンゴが自分の大きな両手を見つめ、呆然と呟く。


「……感動の再会中悪いんだが」


 そこで、ずっと静かに事の成り行きを見守っていた兄さんが、一歩前に出た。


「今回あんたに会いに来たのは、ただ挨拶に来たってわけじゃない。……確認したいことがあってね」


 兄さんの声は、この神聖な空間においても一切ブレることがなかった。

 冷徹で、論理的で、底知れぬ探究心を隠そうともしない。


「他の世界線の自分に魔法の因子を与え、成長させた上で、統合の際にそれを利用するプラン。……その実現可能性についてだ」


 俺たちが昨日の研究室で話し合った、『悪魔の計画』。

 ジェンゴが倫理的に猛反発したその案を、兄さんは臆面もなく地球の意識にぶつけた。


『……』


 光の塊が、静かに明滅する。

 怒られるか? それとも呆れられるか。

 少しの沈黙の後、星の意識はゆっくりと答えた。


『うんうん、僕としてもね』


 その声には、深い慈愛と、どこか悲哀のようなものが混じっていた。


『この世界線以外の君たちの魂が、ただ無力にこの世界線の魂に吸収される運命を見続けるのは……とても心苦しいことだったんだ。できることなら、君たちの手で統合してほしいとずっと思っていた』


 光が、俺たちを包み込むように柔らかく広がる。


『どうせ統合するなら、他の可能性を自らの糧にしたいか。……その考え、僕はいいと思うよ』

「いいんですか!?」


 ジェンゴが驚いて声を上げた。大自然の化身が、他者の人生を利用する計画を肯定したのだ。


『そうでもしないと、君たちはあの神々には勝てないだろうからね』


 星の意識は、冷酷な現実を突きつけた。

 そうだ。相手は無数の世界から信仰を吸い上げ続ける、巨大なシステムそのもの。正攻法で勝てる相手ではない。


「……言質は取れたな」


 兄さんがニヤリと笑う。

 俺も小さくガッツポーズをした。


「で? どうやったら『非魔法使い』を魔法使いにできるんだ? そんなこと、俺たち人間にできるのか?」


 俺の問いかけに対し、地球の核は光を一層強く輝かせた。


『その鍵は、君だよ。一之瀬ヒロくん』

「俺?」

『もう気づいていると思うけど――』


 地球の意識の言葉が、白の世界に響き渡る。


『君は、精霊王の生まれ変わりなんだよ』

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