第127話 前代未聞の帰省
冬休みに入った魔法学校の正門前。
これから帰省しようとする生徒たちに混じって、なぜか学園長の姿があった。
「……いいかね、エレノア君」
学園長が、胃の痛そうな顔で渋々と口を開く。
「生徒の実家に、担任の教師が正月を跨いで同行するなんて、我が校始まって以来の前代未聞の事態だぞ。くれぐれも、向こうのご両親に迷惑をかけないように。それと、そこの兄弟と一緒に問題を起こさないように……」
「へいへい、分かってますって」
エレノア先生は、右から左へ聞き流すように手をヒラヒラと振った。
引率の教師というより、完全に旅行気分を満喫している顔だ。
「というか君たち、何日も泊まり込むのにその手荷物の少なさはなんだね?」
学園長が、手ぶらの俺たちを見て不思議そうな顔をした。
俺と兄さん、ジェンゴ、そして先生に至るまで、全員がボストンバッグ一つすら持っていない。ポケットにスマホと財布を入れているだけだ。
「ああ、荷物なら全部俺の『収納空間』に入ってますよ。着替えも、お土産も、先生の私物も」
俺が言うと、学園長は深々と溜息をついて天を仰いだ。
「……空間魔法の無駄遣いがすぎる」
「何度見ても便利すぎるわよね」
先生が呆れ半分、感心半分で俺を見た。
「普通、亜空間に干渉して物品を出し入れするなんて、ぶっ壊れものよ? もしこの空間魔法の術式を一般化して魔道書にでもしたら……そうね、高級車がポンと買えるくらいの額がつくわよ」
「マジですか。金に困ったらやろうかな」
「やめなさい。世界経済がバグるわ」
俺たちは呆れる学園長を背に、意気揚々と九州への帰路についた。
◇
飛行機と電車を乗り継ぎ、やってきたのは俺たちの実家だ。
見慣れた田舎の風景。山と川と、澄んだ空気。
「ただいまー」
俺が玄関のドアを開けると、そこには異様な光景が広がっていた。
「な、なによこれ。業者の倉庫?」
エレノア先生がドン引きして後ずさった。
玄関から廊下、そしてリビングの入り口に至るまで、巨大なダンボール箱と発泡スチロールの山が築かれていたのだ。足の踏み場もない。
「ああ、またか……」
「ヒロ、アリサ君からの『貢物(お歳暮)』だな」
兄さんが苦笑する。
ゼノビアでの資源開発ビジネスや、『デザート・ドロップ』の販売で莫大な利益を上げている薬師寺先輩からの贈り物だ。フレアのCM出演料や、イカヅチへの餌付け(賄賂)も込みなのだろう。毎回帰省するたびに、こうして大量の物資が実家を占拠するのだ。
「あら、ヒロ! カイト! おかえりなさい!」
奥から、エプロン姿の母さんが小走りでやってきた。
「もう、すごい量よ! 冷蔵庫にも冷凍庫にも入りきらないんだから。ヒロ、中身を確認したら、とりあえずあんたの収納空間に入れといてー」
「了解」
相変わらず俺の魔法を「便利な冷蔵庫」扱いする母さんである。
「お母様! お世話になります!」
ジェンゴが直立不動で、軍隊式の美しいお辞儀をした。先生も「お邪魔させていただきますわ」と上品に微笑む。
「まあ!」
母さんは、北欧系美女のエレノア先生と、巨漢で褐色のジェンゴを見て、パァッと顔を輝かせた。
「新しい精霊さんかしら? また娘が増えたみたいで嬉しいわぁ!」
「いやいや、事前に電話で言ってたでしょ。学校の担任のエレノア先生と、留学生のジェンゴだよ」
俺が訂正すると、母さんは「あらやだ、ごめんなさいね!」と笑った。
心の中で(先生、見た目ほど若くないはずだけど……まあ黙っておこう)と呟く。精霊たちも年齢不詳だし、間違えるのも無理はない。
「それにしても、立派な腕ねぇ……」
母さんの視線が、ジェンゴの極太の上腕二頭筋に釘付けになっていた。
ペチペチと遠慮なくその筋肉を叩く。
「すごいわぁ。石みたいにカチカチじゃないの」
「はっ! 日々の鍛錬の賜物です!」
ジェンゴが照れくさそうに胸を張る。
すると、奥から顔を出した父さんが、ジェンゴの筋肉を見て少し悔しそうな顔をした。
「……俺も、中年太り防止に筋トレでも始めてみようかな」
「ぜひ! やりましょうよ、お父さん!」
ジェンゴが父さんの両手をガシッと握りしめ、ノリノリで応える。
ゼノビアの元少年兵と、九州の田舎の親父が、筋肉を通じて謎の友情を育み始めていた。
◇
「さて、と……」
俺は玄関を占拠しているダンボールを開封していった。
出てくるわ出てくるわ。高級和牛の巨大なブロック肉、見事なタラバガニ、そして大間のマグロの柵。どれもこれも、スーパーではお目にかかれない特級品ばかりだ。
「よし、全部収納空間に入れたぞ。……お、最後はみかんか。冬はやっぱりこれだよな」
俺は小さめのダンボール箱を開けた。
中には、オレンジ色の綺麗なみかんが入っていた。ただ、普通のみかんと違って、なぜか一つ一つが黒い和紙のようなもので個包装されている。
「なんでみかんが個包装なんだ? 過剰包装だろ」
俺が雑に一つ手に取ろうとした瞬間。
「バカタレ!!」
母さんが血相を変えて飛んできて、俺の手をピシャリと叩いた。
「痛っ! なんだよ急に!」
「これ、ただのみかんじゃないのよ! 『紅まどんな』よ!?」
「べにまどんな?」
「一個で数千円はする超高級品なんだから! ゼリーみたいにプルプルで甘いの! テレビで見て、一度でいいから食べてみたかったのよ!」
母さんが紅まどんなの箱を、まるで宝石箱のように抱きしめた。
「みかんに、数千円……!?」
俺と兄さん、そしてジェンゴと父さんまでもが、目を丸くして顔を見合わせた。
男たちには、フルーツのブランド価値がいまいちピンときていない。
「今日の夕食は、お父さん特製の『蟹鍋』にするからね。……そうだヒロ、フレアちゃんとシラユキちゃんも出してちょうだい。せっかくだから、みんなで食べましょう」
「へいへい、いつものね」
俺はいつも通り、人間の姿――見目麗しい美女のアバター――で二人の精霊を召喚した。
『……あら、お母様! お久しぶりですわ!』
「お母様、お招きいただき感謝いたします」
お嬢様言葉のフレアと、丁寧にお辞儀をするシラユキ。
母さんは二人をニコニコと出迎えると、ポンと手を打った。
「お父さんたちが蟹鍋の準備をしてくれている間に、私たち女性陣はスイーツでも食べに行きましょうか!」
「えっ、ずるい」
俺が文句を言うと、フレアが鼻で笑った。
『ヒロは黙って甲殻類の殻でも剥いていればよろしいですわ。……お母様、お気を遣わなくていいですわよ?』
「ふふ、お母様にお任せいたします」
シラユキも嬉しそうだ。エレノア先生も「地元のスイーツ、興味あるわね」と乗っかっている。
「それなら、『なんじゃこら大福』なんてどうかしら? こっちにしかなさそうなものがいいわよね!」
「なんじゃこら……?」
不思議そうな顔をする三人娘(実年齢不詳)を引き連れて、母さんは意気揚々と出かけていった。
こうして、九州にしては珍しく、男四人だけが夕食の準備に取り残されるのだった。
◇
数時間後。
帰ってきた女性陣は、大興奮でスイーツの感想を語っていた。
「あれは反則ですわ! 大福の中にイチゴと栗とクリームチーズがぎっしり詰まっているなんて、カロリーの暴力ですのよ!」
「一口食べるごとに味が変わって……まさに『なんじゃこら』でした」
フレアとシラユキが熱弁し、エレノア先生も「あれは魔力回復に効きそうね」と満足げだ。
そして夜。
一之瀬家のリビングでは、豪華な蟹鍋を囲んでの平和な団欒が繰り広げられた。
タラバガニの濃厚な旨味と、賑やかな笑い声。
戦争を終わらせ、異世界を旅してきた俺たちにとって、何よりも尊い「日常」の時間だ。
だが、食後。
時計の針が夜の九時を回った頃。
「……それじゃあ、ちょっと食後の散歩に行ってくる。みんなは先に寝てて」
俺が立ち上がると、兄さん、ジェンゴ、そしてエレノア先生も一斉に立ち上がった。
「えっ……エレノア先生と一緒に、とっておきの焼酎を飲もうと思ってたのに……」
父さんがガックシと肩を落とす。
「まあ明日もあるしな。我慢するよ」
シュンとする父さんには悪いが、今日ばかりは付き合ってやれない。
そう、俺以外の三人は、早く『あそこ』に行きたくて、ずっとソワソワしっぱなしだったのだ。
俺たちはこっそりと家を抜け出し、冬の冷たい夜の闇へと足を踏み入れた。
目指すは、地球の深淵。
すべての始まりの場所との、対話の時だ。




