表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/129

第125話 魔王の兄の悪魔の発想

 夕日に照らされた研究室。

 兄さんの眼鏡の奥で光る、冷たくも熱を帯びた瞳に、俺は思わず息を呑んだ。


「……灰色の世界の自分を利用するって、どういうことだ?」


 俺が尋ねると、兄さんはホワイトボードの『分割された線』の一つを指差した。


「世界線を統合する際、ベースとなる俺たちの魂に、他の世界の『俺たち』が吸収される。それは避けられない運命だ」

「うん」

「だったら、吸収される側の魂が『豊か』であればあるほど、統合した時の俺たちの力は増すということにならないか?」


 兄さんは、悪びれもせずに恐ろしいことを言い始めた。


「あの灰色の世界は、魔法がない。物理法則だけで回る退屈な世界だ。あそこにいる俺たちは、きっと凡人として平々凡々な人生を送っているだろう」

「……まあ、そうだろうな」

「だが、もし」


 兄さんが、ホワイトボードの細い線に、赤いマーカーで『光』のような印を書き加えた。


「この世界に魔法が顕現したように……あの世界の自分たちに『魔法』という因子もしくは、必要な知識の方向性を授けたらどうなる?」

「え……?」

「あっちの世界で、勝手に魔法の研鑽を積ませるんだ。数年、あるいは数十年。彼らが独自の魔法理論を構築し、精神的にも大きく成長したところで――『統合』する」


 兄さんは事もなげに、手のひらを握り込むジェスチャーをした。


「俺たちは労せずして、別の人生で培われた膨大な魔力と経験値、そして新しい知識を丸ごと手に入れられるというわけさ」


 静寂が、研究室を包み込んだ。

 あまりにも合理的。そして、あまりにも非道徳的な理論。


「……さすがね」


 最初に口を開いたのは、エレノア先生だった。

 彼女は引きつった笑いを浮かべながら、兄さんを見ている。


「さすが魔王の兄ね。控えめに言って『悪魔』かしら」

「光栄です、先生」

「褒めてないわよ。つまり、他の世界線の自分を『都合のよい餌(家畜)』として育てて、丸々太ったところで収穫ハーベストしてパワーアップするってことでしょう?」

「言葉は悪いですが、そういうことです」


 涼しい顔で肯定する兄さんに対し。


「ふざけないでください」


 低く、地を這うような声が響いた。

 ジェンゴだった。

 普段は温厚で礼儀正しい彼が、両拳を強く握りしめ、真っ向から兄さんを睨みつけている。


「僕は反対です。……倫理的に間違っています」

「ジェンゴ?」

「あっちの自分にも、彼ら自身の尊い命と日常があるんですよ。勝手に力を与えて、都合よく回収するなんて……それじゃあ、僕たちから搾取している神々と同じじゃないですか!」


 ジェンゴの怒りは、彼の深い優しさから来るものだった。

 戦場という命の軽い場所で育ったからこそ、彼は誰よりも「他者の人生」を重んじている。相手が別の世界線の自分であろうと、踏みにじっていい理由にはならないと。


 正論だった。完全に正しい。


「ヒロさんも、そう思いますよね!?」


 ジェンゴが、強い眼差しで俺を見た。

 俺は腕を組み、目を閉じ、そして――。


「……いや、俺は賛成だな」

「なっ……ヒロさん!?」


 ジェンゴが目を見開いた。先生も「えっ」と息を呑む。


「ヒロさん! 本気で言ってるんですか!? あっちのヒロさんは、あなたの糧になるために生かされることになるんですよ!?」

「まあ、そうかもしれないけどさ」


 俺はジェンゴの真っ直ぐな視線を受け止めながら、言葉を紡いだ。


「俺たち、あの世界を見たろ? 魔力がなくて、ただ物理法則だけで動いてる、息の詰まるような灰色の世界だ」

「……はい」

「俺はあそこの『俺』のことは知らない。でも、きっと退屈な毎日を持て余してるはずだ。だって魔法がないんだぜ?……もしそんな奴が、ある日突然、本物の魔法に出会えたら?」

「え……」

「想像してみろよ。何の変哲もない日常を送っていたのに、ある日突然、空間を切り裂いて炎を出せるようになるんだぜ? まるで世界が変わる」


 俺はニヤリと笑った。


「どうせ最後は統合される運命なら、ただ老いて死んでいくだけのあいつ(俺)に、魔法っていう最高の玩具(可能性)を配ってやりたい。あいつの退屈な日常を、ぶっ壊してやりたいんだよ」

「…………」


 ジェンゴが絶句した。

 俺の中には、他人の人生を餌にするという罪悪感もなければ、神と同じだという自覚もない。

 あるのはただ、「自分に魔法の楽しさを教えてやりたい」という、純粋な好奇心だけだ。


「……ふふっ、アハハハハ!」


 兄さんが、肩を揺らして笑い出した。


「お前ならそう言うと思ったよ、ヒロ」


 兄さんと俺の視線が交差する。

 合理的搾取を企む兄と、純粋な好奇心でそれを肯定する弟。

 ベクトルは違えど、行き着く先は全く同じだった。


「……信じられません」


 ジェンゴが、痛みを堪えるように目を伏せた。


「先生……僕は、とんでもない兄弟と友人になってしまったのかもしれません」

「ごめんなさいジェンゴ君。私もマッドサイエンティストの端くれだけど、この兄弟の倫理観の欠如には一切フォローを入れられないわ」


 先生が呆れたように肩をすくめた。

 だが、俺たちの決意が揺らぐことはなかった。


 並行世界の俺たちに、魔法(可能性)を配る。

 それが、神殺しに向けた最大の布石となるのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ