第124話 止まった世界と、世界線統合のおさらい
異世界からの帰還を果たした研究室は、独特の疲労感と高揚感に包まれていた。
机の上では、案内役で顕現したままのツクヨミが、面白そうに足を組んでいる。
「初めての異世界旅行はどうだった? つまらなかったでしょ?」
悪戯っぽく笑う神様に、俺は肩をすくめた。
「ああ。世界がまるで『止まっている』みたいだった」
上手く言えないが、大気から感じる情報量が圧倒的に少なかったのだ。
ジェンゴも、うんうんと頷いている。
「僕も同感です。日本のことはまだよく分かりませんが……あの世界には、活気というか、根源的なエネルギーを全く感じませんでした。ただ物理法則だけで回っている、巨大な機械の中に入れられたような……」
「そうね。魔力がない世界って、あんなに息苦しいのね」
猛烈な勢いでノートに術式を書き殴っていたエレノア先生が、ふう、と息を吐いてペンを置いた。
「でも、私としてはもう少しあっちの世界を探索してみたかったわね」
「先生、魔力の測定以外に何か心残りでも?」
「決まってるじゃない。あっちの世界の『漫画』や『ラノベ』よ」
先生が真顔で言った。
……はい?
「いいこと、ヒロ。この世界には『本物の魔法』が顕現してしまったでしょう? そのせいで、人々の想像力が現実に追いつかれちゃって、ファンタジー系の創作文化が急激に衰退しているのよ」
先生は悔しそうに机を叩いた。
「魔法がない世界なら、純粋な想像力だけで描かれた『聖典』がたくさん残っていたはずよ! もしかしたら、私の知らない名作の続編や、最高のスピンオフが書店に並んでいたかもしれないのに!」
「……先生、そんな理由で異世界に行きたがってたんですか」
「魔法研究者たるもの、想像力の泉を枯らしてはいけないのよ」
真理のような顔で力説する先生。
この人、本当にブレないな。
「でも、最大の収穫はあったわ」
先生はコホンと咳払いをして、真剣な顔つきに戻った。
「実際に世界線を越える過程を観測したことで、私の『眼』が、あやふやだった世界線を明確な『座標』や『記号』として捉えることができたの。ソースコードの階層が見えた、と言ってもいいわね」
「なるほど。じゃあ、次からはもっと正確に飛べそうですね」
俺も頷く。
先生のようにハッキリとは見えないが、一度道を通ったことで、感覚的にはなんとなく「あそこか」と掴めた気がする。
「ええ。これを利用すれば、世界線の『統合』だって夢じゃないわ」
先生の言葉に、ジェンゴが首を傾げた。
「あの……ずっと気になっていたんですが」
ジェンゴが、俺と先生、そして兄さんを順番に見た。
「そもそも、なぜ世界線を『統合』しようとしているんですか? 神様から隠れるため……ではないですよね?」
そういえば、ジェンゴにはその辺りの詳しい事情を話していなかったかもしれない。
俺が説明しようとすると、それまで静かにしていた兄さんが口を開いた。
「簡単な話さ、ジェンゴ。……『反逆』するためだよ」
「反逆……?」
「ああ、太陽神や、そのシステムを管理する思兼神といった神々は、人類が束になって反抗できないよう、世界線を無数に『分割』しているんだ」
兄さんはホワイトボードに、一本の太い線と、そこから枝分かれする無数の細い線を描いた。
「束ねた矢は折れないが、一本一本にバラせば簡単に折れる。それと同じだ。分割されて弱体化した世界から、神々は少しずつ信仰やエネルギーを吸い上げている」
「信仰のエネルギーって、そんなに大したものなんですか?」
ジェンゴが素朴な疑問を口にする。
それに答えたのは、机の上のツクヨミだった。
「目に見えない存在に対して、信じて祈る行為というのはね、君たちが思っている以上に高純度なエネルギーとなるのだよ」
ツクヨミはふふっと笑みを深める。
「それが何もしなくても、自動で無数の世界から送られ続けるんだ。……神々にとって、これほど楽で美味しい話はないだろう?」
「……なるほど。タチの悪いシステムですね」
「だから、俺たちはそれを逆再生する」
兄さんが、枝分かれした細い線を、ギュッと一つの太い線にまとめ上げる図を描いた。
「無数に散らばった世界を『統合』し、一つの太い世界線――強靭な魂に戻す。そうすれば、人類は神の干渉を弾き返し、奴らの管理から完全に脱却できる」
ホワイトボードを見つめながら、ジェンゴがゴクリと喉を鳴らした。
「壮大な反逆ですね。だからこそ、神であるツクヨミ様も協力していると」
「まあ、僕は彼らにベットした方が面白いと思ったからね」
ツクヨミが楽しそうに笑う。
「……なぁ、ヒロ」
その時。
ずっとホワイトボードの『統合された線』を見つめていた兄さんが、ポツリと呟いた。
その声はひどく低く、どこか冷たい響きを持っていた。
「世界線を統合する時って……この世界の俺たち(魂)をベースにして、他の世界線にいる『俺たち』が、吸収される形で統合されるんだよな?」
「……うん。魔法が顕現したこの世界そのものが『特異点』だから、この世界の俺たちがベースになるはずだ。どうかしたのか、兄さん?」
俺が尋ねると、兄さんはゆっくりと振り返った。
その顔には、いつもの涼しい笑みとは違う――背筋が凍るような、底知れぬ探究心が張り付いていた。
「あの灰色の世界にいる『自分』……」
兄さんの眼鏡が、夕日を反射してギラリと光った。
「それを、うまいこと利用できないか?」




