第121話 放課後ボーイズトーク
放課後の教室。
茜色の夕日が差し込む中、男たちの悲痛な叫びが響き渡った。
「彼女が欲しいいいいい!!」
机に突っ伏して叫んだのは、友人のユウスケだ。
クラスの女子たちは既に帰宅しており、教室に残っているのは俺と、ユウスケと、ジェンゴの三人だけ。
まさに男祭り(むさ苦しい)だ。
「どうした急に。発作か?」
「うるさいヒロ! お前には分からないんだ、この冬の空虚さが!」
ユウスケがガバッと顔を上げた。
「俺は学年トップクラスの成績だぞ? 顔だって、まあ……悪くはないはずだ。運動だって人並みにはできる。なのに、なぜ浮いた話の一つもない!?」
「まあ、お前……スペックは高いけど、口を開くと残念だからな」
「なんだと!? 恋愛偏差値と学力偏差値は反比例するってことか!? くそっ、女心は論理的思考じゃ解読不能なんだよ!」
頭を抱えるユウスケを、ジェンゴが興味深そうに見つめている。
「レンアイ……。未知の概念ですね。ユウスケさんほど優秀な方でも、攻略が難しいのですか?」
「ジェンゴ、お前は国に恋人とかいなかったのかよ?」
ユウスケが矛先を変えた。
「いえ。俺は幼少期から軍にいましたから。周りは筋肉達磨の兵士か、村の婆ちゃんしかいませんでした」
ジェンゴは遠い目をして答えた。
「色気よりプロテイン、デートより実弾演習でしたから」
「……ハードすぎるだろ」
環境が違いすぎた。
ゼノビアでは「生き残ること」が最優先で、青春なんて二の次だったんだろう。
「じゃあ今は? 日本に来て、気になる子とかいないのかよ」
「えっ」
ジェンゴが急に挙動不審になった。
褐色の肌が、ほんのりと赤くなる。
「い、いえ……まだ『恋』とかは分かりませんが……その……」
「その?」
「ち、知的で……白衣が似合うような、大人の女性は……素敵だなと……」
俺とユウスケは顔を見合わせた。
分かりやすすぎる。
((……エレノア先生だ))
完全に一致した。
まあ、あの人は見た目『だけ』は超絶美人だし、ジェンゴの魔法をベタ褒めしてくれたからな。チョロいぞジェンゴ。
「はぁ……。ピュアな留学生にも春が来そうなのに、俺ときたら……」
ユウスケが再び机に突っ伏し、そして――ギロリと俺を睨んだ。
「それに比べてヒロ、お前はずるいよな」
「は? 何が?」
「しらばっくれるな! お前はいつでも『フレア様』や『シラユキちゃん』みたいな超絶美女を呼び出せるんだろ!?」
「……お前、そんな呼び方してたのかよ」
様付けにちゃん付けって。キャラの解像度が高いな。
「で、実際どうなんだよ。どこまで……その、進んだんだ?」
ユウスケが身を乗り出してくる。ジェンゴも「ゴクリ」と喉を鳴らして聞き耳を立てている。
なんだこいつら。
「やめろ変な想像。相手は精霊だぞ?」
俺は呆れて手を振った。
「あの姿はあくまで、こちらの世界に干渉するための『人型インターフェース(アバター)』みたいなもんだ。中身は高密度のエネルギー体だよ」
「えっ、そうなのか?」
「ああ。俺に医学や人体構造の知識がないからな。見た目は人でも、中身まで完全に再現できているわけじゃない。内臓もなけりゃ、生殖機能もない。ただの『ガワ』だ」
俺のイメージ(想像力)の限界だ。
表面上の皮膚や筋肉の動きは再現できても、複雑怪奇な生命活動まではシミュレートできていない。
「……なるほどな」
ユウスケがニヤリと笑った。
「じゃあ何か。お前がその気になって医学書を読み漁り、『人体構造』をマスターして、その通りに魔法を組めば……『できる』ってことか?」
「え……?」
俺の思考が停止した。
人体構造を、再現する。
血管を、神経を、臓器を。
そして、女性特有の……。
一瞬、フレアの豊満な肢体や、シラユキの透き通るような美貌が脳裏をよぎる。
もし、あれが本物の生身の肉体を持って。
体温や、鼓動や、柔らかさを備えて、俺に迫ってきたら――。
ボォンッ!!
「――わ、わわわわ!!」
顔が一気に沸騰した。
心臓が早鐘を打つ。
「い、いかんいかん! 顔が熱い! 何を想像してるんだ俺は!」
「おいヒロ! どうした急に顔真っ赤だぞ!? ってもしかしてエッチなことでも考えたんだろー?(ニヤニヤ)」
「ち、違う! ま、魔法理論のシミュレーションだ!」
「へえ〜、どんなシミュレーションだよ〜?」
ユウスケが逃さないとばかりに突っ込んでくる。ジェンゴまで「ヒロさん……男ですね」みたいな顔で頷いている。
くそっ、否定できないのが悔しい!
「……コホン」
俺は咳払いをして、熱くなった頬を叩いた。
少しだけ真面目なトーンに戻す。
「ま、まあ……下世話な話は置いといてだ。……いつか、ちゃんとした『生身の体』を用意してあげたいとは思うよ」
「ん?」
「今は俺の魔力で維持してる『幻影』に近いからな。味覚だって、本当はどう『美味しい』と感じているかわからない。……そうじゃなくて、本当に自分の舌でピザを味わったり、風を感じたりさせてやりたい」
「お前……」
「そうすれば、俺からの魔力供給なしで自立できるし、もっと自由に世界を見て回れるだろ?」
俺が言うと、教室に一瞬の沈黙が流れた。
ユウスケが引きつった顔をする。
「……それって『受肉』ってことか? お前、サラッと神様みたいなこと言ってるぞ」
「いやいや、あくまで妄想に近い願望だよ」
俺は笑って誤魔化した。
「魔法はイメージだろ? 想像することが大事なんだよ、きっと。……できるかどうかは別としてな」
「はぁ……。お前の『想像』はスケールが違いすぎるんだよ」
ユウスケがやれやれと首を振った。
「でも、もしその『受肉魔法』が完成して、エレノア先生があの眼で見たらどうなるんだろうな」
「ああ……」
容易に想像できる。
「『生命の創造!? 神の領域へのハッキング!? ソースコードを見せなさい!!』って興奮しすぎて、脳みそオーバーヒートするかもな」
「ああっ! それは困ります!」
ジェンゴがガタンと立ち上がった。
「先生が倒れたら大変です! その魔法は封印してくださいヒロさん!」
「そっちかよ」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
窓の外では、一番星が光り始めていた。
平和な放課後だ。
世界を救った後でも、俺たちの悩みは「彼女が欲しい」とか「先生が美人だ」とか、そんな他愛のないことばかりだった。




